最新情報・ブログ
2019.07.11 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.118

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.118」


 

岩手町立石神の丘美術館では盛岡市生まれの紀行作家・斎藤潤さんの『斎藤 潤の離島・孤島・絶島・列島巡り紀行』展を開催中です。

島国日本の東西南北に散らばる数多くの島々を巡り歩いている斎藤潤さんならではの世界を(ほんのごく一部ですが)お楽しみください。

また、潤さんが岩手町に滞在して書き下ろした岩手町紀行にもご注目ください。

なお、ロビー(無料)では『斎藤純の北上川サイクリング紀行』を同時開催中です。

北上川源泉の「ゆはずの泉」から河口の石巻まで辿った紀行文とスマホで撮った写真、それにこの旅に使ったロードバイク(自転車)を展示しています。

ちなみに、キャプションは手書きです(悪筆をご笑覧ください)。

 

斎藤潤さんは旅のエキスパートです。

私も旅好きですが、潤さんの経験と見識の前ではその足元にも及びません。

潤さんを始め、私のまわりにはオートバイや自転車で旅をする友人がたくさんいます。

彼らのほとんどは10代のころから旅をしている大ベテランです。

その点、私はみんなよりだいぶ出発が遅れました。

本格的に旅に出るようになったのはオートバイの免許を取った31歳からです(クルマの免許は18歳で取っていますが、クルマは好きだったものの旅に興味はありませんでした)。

もうひとつ付け加えると、初めて自転車で長い旅をしたのは40歳のときでした。

旅人なら20歳になる前に経験しておくべきことを、歳をとってから慌てて追いかけだしたわけです。

 

20代のころまで私は本とレコード(CD)、そして画集と美術館にばかり目が向いていました。

ある先輩作家から「それは、心の旅をしていたということだよ」と半ば冷やかすように言われたことがあります。

ま、当たらずとも遠からずといったところでしょう。

 

それはともかく、私の愛車は当館ロビーに展示中のため、7月末まではサイクリングができません。

もっとも、スケジュールを見るとぎっしり埋まっていて、とうぶん旅には出られそうにありませんから、諦めもつきます(苦笑)。

 

何が忙しいのかというと、今月は私がバンマス(リーダー)をつとめているザ・ジャドウズの本番をひかえているのです。

ザ・ジャドウズはベンチャーズなどのエレキインストとタイガースなどのGS(グループサウンズ)、そしてそれらを合体させたリズム歌謡など昭和40年代の懐かしいサウンドを追及しているバンドです。

今回は「仙台のジュリー」と呼ばれている沢田研史さんをお迎えして、往年のジュリーの名曲・ヒット曲の数々をお届けします。

 

『ザ・ジャドウズmeets沢田研史』は盛岡劇場地下タウンホールにて717日(水)午後7時から。

前売り券(1,000円)は予約可能ですので、盛岡劇場(0196222258)にお問い合わせください。


2019.06.09 Sunday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.117

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.117」


 

毛越寺に招かれ、526日に浄土庭園で開催された「曲水(ごくすい)の宴」に参宴してきました。

 

「曲水の宴」は遣水(やりみず)を浮かべ、流れに合わせて和歌を詠む、平安時代の遊びを再現したもので、毛越寺では古文書に則って「ごくすいのえん」と呼んでいます。

 

参宴者は平安時代の貴族の衣装を身に着けますので、盛岡文士劇の延長みたいなものだろうという気持ちで引き受けたものの、時間が経つにつれて「大変なものを引き受けてしまった」と、つくづく後悔しました。

なにしろ、私は和歌の素養がほとんどありません。

付け焼き刃ながら枕詞を勉強しないといけないと調べはじめると、現在の短歌では枕詞を使わないのだそうです。

言葉遣いについても毛越寺に問い合わせると、万葉風の古語である必要はなく、現代語でいいと言われて、だんだん気持ちが軽くなっていきました。

 

といっても、詠んだこともない和歌を(全国にお披露目されても恥ずかしくないレベルのものを)作らなければならないのですから、荷が軽くなったわけではありません。

しかも、本番では短冊に毛筆で自作を認めるという難関も待ち受けています。

さらに、後になって私は「主客歌人」であると知り、愕然としました。

「そんな話は聞いていない」と怖じ気づいたところで後の祭りです。

 

まず、和歌をいくつか作り、これを岩手県歌人クラブのY先生に送り、選んでもらいました。

「曲水の宴」は毎年、歌題が定められます。

令和最初の「曲水の宴」の歌題は「晴れ」でした。

 

これがいいでしょう、とY先生が選んでくださったのが下記の歌です。

私は添削をしてもらうつもりでいたのですが、字句の訂正などはありませんでした。

 

 新しき 令和寿ぐ 詠み人の

 笑み晴れやかに 曲水の宴

 

この歌を作る上で留意したのは、当日の天候が晴れるとは限らないという点です。

また、「曲水の宴」は、講師(こうじ)が披講(ひこう)といって歌を読みあげるのも大きな特徴です。

ですから、耳で聴いて理解できる歌を心がけました(この点は参宴された岩手県歌人クラブの面々も苦労なさったそうです)。

ちなみに、講師は宮中歌会始でも披講をつとめていらっしゃる久邇朝俊(旧皇族久邇宮家)さんと近衛忠大(旧華族近衛家)さんです。

 

当日はお天気にも恵まれ(暑いくらいでした)、県外はもちろん海外からの観光客もたくさんいらして、盛会のうちに終えることができました。

私もなんとか主客歌人の大役を果たすことができ、安堵のあまり、フワフワと舞う蜉蝣のような態で日々を過ごしています。


2019.05.16 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.116

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.116」


 

平成31年度の最初の企画展『松本伸写真展 distance〜岩手の人1,000人のポートレート〜』が開幕しました。

 

30年のキャリアを持つ松本伸さんは広告写真を撮りながら、ライフワークとして「distance(ディスタンス)」シリーズを撮りつづけてきました。

本展ではその作品群を中心に、岩手県政広報誌「いわてグラフ」の連載時に撮影した作品や「おさんぽ」シリーズと題した作品をご覧いただけます。

また、松本さんは盛岡の冬の風物詩である盛岡文士劇の常連出演者でもあります。

舞台出演のかたわら、稽古風景や楽屋などで撮った写真は貴重な記録資料となっています。

 

日本ではこれまでに何度か写真ブームがありました。

写真ブームはカメラブームでもありました。

昭和の終わりごろから平成の初めにかけてのレンズ付きフィルムカメラ「写ルンです」ブームは社会現象にもなり、その後のデジタルカメラの普及はカメラからフィルムを駆逐しました。

そして、携帯電話やスマートフォンに内蔵されたカメラによって誰もが気軽にシャッターを押す時代になり、写真はこれまでになく身近な存在となっています。

 

このような時代にあって、撮影前に深い思考を経る松本伸さんの姿勢は、プロカメラマンではない私たちも学ぶべきことが多いように思います。

それは、撮影対象との接し方や距離感(これがdistanceの由来となっています)など、実は写真以外のこと、つまり私たちの「生き方」に応用ができそうなことばかりです。

 

松本さんの作品は観るものの気持ちを穏やかにさせます。

展覧会場から出てくるみなさんの表情にそれが如実にあらわれています。

日本ではとかく「芸術とは人間の闇の部分を描く」ものと思われがちですが、松本伸さんの作品はその対極に位置していると言っていいかもしれません。

それでいて、決して軽くはありません。

松本伸さんの写真に対する姿勢が反映されているからでしょう。

 

会期中に元号は令和になりますので、本展は石神の丘美術館にとって平成最後の展覧会となります。

令和には「明日への希望と共に、日本人1人ひとりが大きな花を咲かせる」という意味が込められているそうです。

松本伸さんの作品の世界そのものであり、本展はまさに令和の初めに相応しい展覧会といえます。


2019.04.18 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.115

美術館で毎月発行している小さな情報誌
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.115」


 

毎年、この時期に書いていることですが、日本では新年と新年度という二度の「切り替え」の機会があります。

もっとも、新年はカレンダー上のものですから、実際には4月が本当の切り替えの時期です。

人事異動、新入学、転職、退職など慌ただしくも何かわくわくする季節でもあります。

 

私はそのいずれとも縁がありませんが、3月が猛烈に忙しかったので、ようやく落ち着きを取り戻したところです。

 

年度末の3月には役所関係のさまざまな審議会や委員会が集中します。

それらに加えて、岩手町文章講座中級編の講師、岩手日報社が主催している文芸誌『北の文学』の選考会など長時間の準備を要する役目も重なってしまい、体が(というよりも脳が)いくつあっても足りないという状態でした。

もちろん、私が編集長をつとめている月刊『街もりおか』の編集作業もありますし、石神の丘美術館の芸術監督という重責もあります。

 

そのように忙しいときでも、どうにか時間をやりくりして、コンサートや美術展に足を運びます。

 

身も心もヘトヘトになったときにコンサート会場や美術館で過ごす時間は、いつにもまして特別な至福のひとときです。

はじめのうちこそさまざまなことが脳裏を去来して気になり、音楽や絵に集中できないのですが、やがて「浮き世」のことを忘れてしまいます。

音楽や美術は「ここではない別のどこか」へ私を連れていってくれるのです。

それは1時間から2時間程度の「心の旅」です。

でも、時間は関係がありません。

その短い旅を経験した後は、ちょっと生まれ変わったような気がするのです。

そして、新鮮な気持ちで「浮き世」に戻ることができます。

それこそが音楽や美術が秘めている「大きな力」のひとつです。

登山やスポーツも同様の力を持っています。

むしろ、日本では美術や音楽よりも登山やスポーツなどでそれを経験している人が多いことと思います。

それはコンサートや美術に触れる場が少ないせいでもあり、優劣があるわけではありません。

 

岩手町立石神の丘美術館は、県北唯一の美術館としてその大切な役割を果たしてきました。

また、美術館ホールでは本格的なコンサートも開催してきました。

 

今年度、石神の丘美術館では工事のため野外展示場を閉鎖しています。

リニューアルオープン後は、間違いなく新しい「心の旅」の場となるでしょう。


2019.03.02 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.114

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.114」


 

私が岩手町立石神の丘美術館の芸術監督に就任したのは2009年4月でしたので、来月でちょうど10年を迎えます。

この機会にざっと振り返ってみたいと思います。

 

石神の丘美術館は県北地域では唯一の美術館です。

また、全国的にも珍しい町立の美術館です。

地方の美術館は「美術のことだけをやっていればいい」というわけにはいきません。

人口が減り続けていく中で交流人口の創出、ひいては地域活性化の拠点としての役割も担っていることを充分に認識し、重視してきました。

 

地域の活性化の基本は、まず地元をよく知ることです。

地元学とも呼ばれるそれは地元を再発見することでもあります。

博物館的な企画展に力を入れてきたのは、その反映です。

『玉菜(キャベツ)にまつわる資料展』、『岩手町大百科展』、『北緯40度展』などは本来の美術館の守備範囲から大きくはみだした内容ですが、地元学の実践と地方からの文化発信という役目の一端を果たしたと自負しています。

 

また、就任当初に表明した「自然と芸術」というコンセプトを実現したものとして、『瀬川強写真展』は自然と芸術がみごとに融合した内容でした。

 

これまで彫刻や絵画といった「美術」だけでなく、写真やポスターなどにも目を向けてきたように、今後はさらに岩手発の商業デザインや工芸品といったジャンルも扱っていきたいと考えています。

 

このような活動を通して石神の丘美術館は、「地域にとって美術館とは? 美術館が果たす役割は何か?」という問いに対する答えを示してきたともいえます。

その結果、石神の丘美術館は美術関係者ばかりではなく、「まちづくり」に取り組んでいる多くの方々からも注目され、高い評価を得ています。

この小さな美術館が岩手町の総人口1万3500人を超える2万人もの入館者にお越しいただいていることは「美術館のある町・岩手町」の大いなる誇りといっていいでしょう。

 

ともあれ、美術館の運営に関して素人だった私が今日までこうして続けてこられたのは、町民ならびに岩手町役場のみなさん、石神の丘美術館を指定管理している岩手町ふるさと振興公社のみなさん、そして石神の丘美術館ファンのみなさんのおかげです。

特に美術館のスタッフにはこの場を借りて感謝したいと思います。

 

現在、野外展示場は来年初夏のリニューアルオープンに向けて工事中です。

大好きな散策路を歩けないのは私も残念ですが、さらに充実した美術館を目指していますので、どうぞご期待ください。

 

今後ともよろしくお願いします。


2019.02.07 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.113

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.113」


 

少し時間が経ってしまいましたが、昨年末の第24回盛岡文士劇について書きましょう。

 

私が出演した時代物の演目は、戊辰戦争後に戦犯として打ち首の処分を受けた楢山佐渡(盛岡藩家老)を主人公にした『柳は萌ゆる』でした。

平谷美樹さんの原作を、いつもの道又力さんが脚色したもので、公演後のアンケートなどでも大絶賛された傑作です。

 

平谷美樹さんは今まで「金ヶ崎から通うのは遠すぎるし、心臓が悪いので」と出演を断り続けてきたのですが、原作者が出ないわけにはいかないと説得されて初出演となりました。

存在感があり、堂々たる演技でした。

私が演じた目黒隆之輔(盛岡藩家臣)は架空の人物ですが、実在した家臣たちをモデルにしています。

当初、目黒は勤皇派に与することを主張します。

それに対して楢山佐渡は武士道を重んじ、徳川方につく道を選択します。

戊辰戦争が起こり、結果はご存じの通りです。

その結果、賊軍の汚名を着せられ、明治政府によって厳しい処分が課せられることになります。

目黒は楢山佐渡に対する処分に異議を申し立てて一歩も譲らず、武士として名誉ある死を勝ち取ります(私が言うのもなんですが、この場面はこのお芝居の白眉でした)。

 

楢山佐渡役の浅見智(IBC岩手放送アナウンサー)さんは初挑戦の時代物で主役という重責でしたが、誰よりも早く台詞を覚え、集中力の高い演技で出演者を牽引し、公演を成功に導きました。

楢山佐渡が報恩寺で切腹したとき、まだ幼かった原敬が別れを惜しんで泣き崩れたそうです。

原家も南部家の家臣でした。

そして、原敬にとって楢山佐渡は「人生の師」だったのです。

その史実をもとに、このお芝居でも原敬は重要な役割を果たしています。

原敬は、定評ある演技力の米澤かおり(岩手めんこいテレビアナウンサー)さんが幼年時代を、内館牧子さん原作の映画『終わった人』にも出演している菅原和彦(岩手日報)さんが壮年時代を演じました。

 

さらに、『おらおらでいぐも』で芥川賞を受賞した若竹千佐子さんも初出演し、話題になりました。

「来年も出たい」と文士劇熱に取りつかれたようです。

残念だったのは、本番一週間前に内館牧子さんが入院されて降板したことです(もう退院されて、お元気に活躍しています)。

 

私はだいたい三枚目の役が多いのですが、今回は違いました。

セリフの量もこれまでで一番多く、とても難しい役でした。

実は過去に私は2回だけ出演していません。

そのときの演目である『常磐津林中』と『世話情晦日改心(原案クリスマス・キャロル)』は文士劇史上の名作と誉れ高く、巷間「斎藤純が出ていないと名作になる」と言われています。

その評判を払拭するべく頑張りましたが・・・。


2019.01.11 Friday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.112

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.112」


 

あけましておめでとうございます。

 

今年はエルニーニョ現象の影響による暖冬という予報通り、例年に比べて雪は少ないものの、私が通っているスキー場はかろうじて12月中旬にオープンすることができました。

シーズン券を買ったのでさっそく日参したいと思っていましたが、スケジュール調整がうまくいかず、予定の半分も行ってません。

これから挽回するつもりです。

 

スキーはリフト(あるいはゴンドラ)で上がって、斜面を滑り下りるだけなのに健康にいいのです。

滑走する際、人間の身体の中で最も大きなハムストリング(太腿を構成する大腿二頭筋、半膜様筋、半腱様筋)をフルに使うため、まず心肺機能が向上します。

血糖値を下げ、善玉コレステロールが増加して血液の流れが良くなり、動脈硬化・心筋梗塞などの生活習慣病の予防になることが知られています。

同じハムストリングを使う自転車が健康増進に役立つのは同じ理屈です。

また、スキー場のある山の環境が精神的にいい効果を与えるようです。

 

ゲレンデに立つと私は何とも言えない懐かしさを覚えます。

岩山スキー場や竜ヶ森スキー場でひどく寒い思いをしながらスキーをした子どものころを思いだすのです。

雪とあまり縁のない名古屋生まれのスキー仲間は、雪への憧れがあるから、ゲレンデに立つたびに新鮮な気持ちになると言います。

 

スキー場は山の樹木を伐採して整地した、いわば自然破壊の産物です。

一方、雪と重力という自然を利用したスポーツでもあります。

いずれにしても、山と雪のそれぞれに感謝しつつ、北国ならではのウィンタースポーツをこれからも楽しんでいきたいと思っています。

 

ところで、昨年、岩手町立石神の丘美術館は第4回「恋人の聖地観光交流大賞」(NPO法人地域活性化支援センター主催)の観光交流賞審査員賞を受賞し、これまで私たちが積み重ねてきた取り組みが全国的に評価されました。

その「恋人の聖地」を含む野外展示場は、来年(初夏)のリニューアルオープンに向けて工事中のため閉鎖休館中です。

ご不便をおかけしますが、さらに魅力ある空間にしたいと思っていますので、よろしくどうぞお願いします。

なお、恒例のいわてまちイルミネーションは今年も実施しますので、ご期待ください(詳細は改めて告知いたします)。


2018.12.12 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.111

美術館で毎月発行している小さな情報誌
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.111」


 

平成最後の1年が終わろうとしています。

みなさまにとって、この1年はどんな年だったでしょうか。

 

私はといえば、相変わらず慌ただしかったというのが正直な印象です。

ここ数年は時間に追われるような日々ではなくなったものの、それでも「よくもまあ次から次へと」と我ながら呆れるほどスケジュールが詰まった1年でした。

「公」のお役目を減らして、「私」を優先させたいのですが、なかなかそれも思うようにはいきません。

 

しかし、家族ともども大きな怪我も病気もなく過ごせましたから、いい1年 だったと言っていいでしょう。

 

実際、あらゆる点で大きなできごとのない1年でした。

大きな買物もしていませんし、大きな旅行もしませんでした(北海道ツーリングが計画倒れに終わったのは本当に残念です)。

そんな中で、私がバンドマスターをつとめているザ・ジャドウズ(エレキインストとGS、昭和歌謡をレパートリーにしているバンドです)が、全日本エレキ音楽祭(一関文化センター)と道の駅石神の丘開業祭に出演できたことは今年のハイライトです。

 

もうひとつ忘れてならないのは、私が七代目編集長(兼経営者)をつとめている『街もりおか』が創刊50周年を迎えたことです。

これは盛岡文士劇を始めたことでも知られる鈴木彦次郎(1898-1975)が『銀座百点』を手本に始めたもので、盛岡の人にとても愛されている月刊誌です。

大きな節目を無事に乗り切れたので、肩の荷を下ろした気持ちです。

 

来年の話をすると鬼が笑うそうですが、今、私は来年の計画をいろいろと練っているところです。

ザ・ジャドウズの久々のリサイサル(ワンマンコンサート)、北海道ツーリングなどを考えていると時間が経つのも忘れてしまいます。

そして、そういう計画を立てられることの幸せを噛みしめています。

 

ところで、私は長編小説『テニス、そして殺人者のタンゴ』で昭和631988)年にデビューしました。

平成になったのはその翌年でしたから、「平成」は私の作家歴とほぼ重なっています。

来し方を振り返り、少々、感傷的になっている師走の今日このごろです。

 

それでは、よいお年をお迎えください。


2018.11.09 Friday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.110

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.110」


 

関東からやってきたオートバイ仲間と一緒に岩手県内をツーリングしてきました。

 

秋晴れのもと、しばしば紅葉に目を奪われてオートバイを停めると、遠来の仲間たちは口々に「岩手はオートバイの楽園だ」と盛んにカメラやスマホのシャッターを切ります。

晩秋の冷気に慣れていない一人は手がかじかんでしまい、スマホをうまく操作できなくなり、もうじきやってくる厳しい冬の前触れを察したのか、彼は「今は楽園だけど、これからが大変なんですね」と呟きました。

 

私も同じことを考えていました。

秋は風景もきれいですし、食べ物もおいしいです。

それは、長く厳しい冬を迎える前のプレゼントのようなものなのだと…。

 

やがて冬になり、雪や寒さに堪える日々が続きます。

もう雪かきはイヤだと誰もが心身ともに根を上げるころに春がやってきます。

 

岩手の春の美しさは格別です。

春の日だまりの暖かさもまた格別です。

明けない夜がないのと同様に、明けない冬もありません。

だから、私たちはどんなにつらい冬でも乗り越えることができるのです。

 

人生も同じではないでしょうか。

多少つらいことがあっても、その向こうに春のような日が来ると思えば我慢ができます。

たとえ税金が高かろうが、消費税が家計を苦しめようが、安心して子どもを生み育てることができるのであれば辛抱できるでしょう。

安心して老後を過ごせるとわかっていれば、喜んで税金も納めるでしょう。

 

ところが、今の世の中、ちっとも春の兆しが見えません。

一部の政治家と一部の官僚たちが「我が世の春」を年がら年中、謳歌しているだけです。

 

敗戦後から高度経済成長時代にかけて、私たちの先輩たちは、今とは比べ物にならないほどの苦労を重ねました。

そして、自らの力で春を築きました。

苦労のし甲斐のある人生だったと思います。

 

「冬を乗り越えれば明るい春が来る」

 

そういう世の中に、私たちはしなければなりません。

秋のツーリング中、オートバイのシートの上でそんなことを考えました。


2018.10.12 Friday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.109

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.109」


 

私はクラシック音楽の中でも古楽が好きです。

古楽はバロック以前(代表的な作曲家を挙げると、バッハ、ヴィヴァルディ、ヘンデル、コレッリ、ダウランド、リュリ、クープラン、スカルラッティ、テレマンなど)の音楽を指します。

 

クラシックの主流である「モダン」に対する形で「古楽」があるわけですが、細かい説明よりも演奏を聴けばその違いがよくわかります。

ワルターやカラヤンが指揮したバッハと、ヘレヴェッヘやガーディナーら古楽の指揮者によるバッハを聴き比べると、前者はこってりと脂っこく、後者はあっさりしていると感じます。

室内楽を聴き比べても、やはり前者は重厚なニス塗りの家具を、後者は白木のシンプルな家具を連想させます。

 

古楽の特徴はムーブメントでもあることです。

なにしろ、楽譜の表記から演奏習慣、そして使用する楽器もその後のいわゆるクラシックとは異なります。

たとえば、古楽で活躍するリュート、チェンバロなどの楽器はバロックの次の古典派(モーツァルト、ベートーヴェン)の時代に駆逐されました(ちなみに、リュートはギターの先祖、チェンバロはピアノの先祖と思われがちですが、確かに代用されてはいるものの、実は先祖ではありません)。

 

古楽は、作品(楽譜)の発掘(古楽ムーブメントのおかげでこれまで忘れ去られていた名曲の数々が再評価されるようになりました)、演奏習慣の研究(これは専門的になるので割愛します)、当時の楽器の再現など実にたくさんの研究の成果の上に成り立っています。

たとえば、リュートやチェンバロ、そしてバロック以前に使われていたバロックヴァイオリンとヴァロックボウ(弓)などは現存していません(残っていたとしても実用には耐えられません)から、資料を元に再現しなければなりません。

その際、絵画が役に立ちます。

幸いなことに、正確な写実によって当時の楽器が描かれた作品がたくさん残っています。

それを参考にするのです。

 

そのような研究の重要な本拠地のひとつが、スイスのバーゼル・スコラ・カントルムです。

 

今秋から、盛岡出身のバロック・ヴァイオリニスト吉田爽子さんが、バーゼル・スコラ・カントルムに留学しました。

かねてから吉田さんの演奏会を石神の丘美術館で開催したいと思っていましたが、留学を終えて帰国するまで実現はお預けとなりました。

遠く離れた岩手町の空の下から、吉田さんのご健勝をお祈りしています。


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