最新情報・ブログ
2018.11.09 Friday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.110

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.110」


 

関東からやってきたオートバイ仲間と一緒に岩手県内をツーリングしてきました。

 

秋晴れのもと、しばしば紅葉に目を奪われてオートバイを停めると、遠来の仲間たちは口々に「岩手はオートバイの楽園だ」と盛んにカメラやスマホのシャッターを切ります。

晩秋の冷気に慣れていない一人は手がかじかんでしまい、スマホをうまく操作できなくなり、もうじきやってくる厳しい冬の前触れを察したのか、彼は「今は楽園だけど、これからが大変なんですね」と呟きました。

 

私も同じことを考えていました。

秋は風景もきれいですし、食べ物もおいしいです。

それは、長く厳しい冬を迎える前のプレゼントのようなものなのだと…。

 

やがて冬になり、雪や寒さに堪える日々が続きます。

もう雪かきはイヤだと誰もが心身ともに根を上げるころに春がやってきます。

 

岩手の春の美しさは格別です。

春の日だまりの暖かさもまた格別です。

明けない夜がないのと同様に、明けない冬もありません。

だから、私たちはどんなにつらい冬でも乗り越えることができるのです。

 

人生も同じではないでしょうか。

多少つらいことがあっても、その向こうに春のような日が来ると思えば我慢ができます。

たとえ税金が高かろうが、消費税が家計を苦しめようが、安心して子どもを生み育てることができるのであれば辛抱できるでしょう。

安心して老後を過ごせるとわかっていれば、喜んで税金も納めるでしょう。

 

ところが、今の世の中、ちっとも春の兆しが見えません。

一部の政治家と一部の官僚たちが「我が世の春」を年がら年中、謳歌しているだけです。

 

敗戦後から高度経済成長時代にかけて、私たちの先輩たちは、今とは比べ物にならないほどの苦労を重ねました。

そして、自らの力で春を築きました。

苦労のし甲斐のある人生だったと思います。

 

「冬を乗り越えれば明るい春が来る」

 

そういう世の中に、私たちはしなければなりません。

秋のツーリング中、オートバイのシートの上でそんなことを考えました。


2018.10.12 Friday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.109

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.109」


 

私はクラシック音楽の中でも古楽が好きです。

古楽はバロック以前(代表的な作曲家を挙げると、バッハ、ヴィヴァルディ、ヘンデル、コレッリ、ダウランド、リュリ、クープラン、スカルラッティ、テレマンなど)の音楽を指します。

 

クラシックの主流である「モダン」に対する形で「古楽」があるわけですが、細かい説明よりも演奏を聴けばその違いがよくわかります。

ワルターやカラヤンが指揮したバッハと、ヘレヴェッヘやガーディナーら古楽の指揮者によるバッハを聴き比べると、前者はこってりと脂っこく、後者はあっさりしていると感じます。

室内楽を聴き比べても、やはり前者は重厚なニス塗りの家具を、後者は白木のシンプルな家具を連想させます。

 

古楽の特徴はムーブメントでもあることです。

なにしろ、楽譜の表記から演奏習慣、そして使用する楽器もその後のいわゆるクラシックとは異なります。

たとえば、古楽で活躍するリュート、チェンバロなどの楽器はバロックの次の古典派(モーツァルト、ベートーヴェン)の時代に駆逐されました(ちなみに、リュートはギターの先祖、チェンバロはピアノの先祖と思われがちですが、確かに代用されてはいるものの、実は先祖ではありません)。

 

古楽は、作品(楽譜)の発掘(古楽ムーブメントのおかげでこれまで忘れ去られていた名曲の数々が再評価されるようになりました)、演奏習慣の研究(これは専門的になるので割愛します)、当時の楽器の再現など実にたくさんの研究の成果の上に成り立っています。

たとえば、リュートやチェンバロ、そしてバロック以前に使われていたバロックヴァイオリンとヴァロックボウ(弓)などは現存していません(残っていたとしても実用には耐えられません)から、資料を元に再現しなければなりません。

その際、絵画が役に立ちます。

幸いなことに、正確な写実によって当時の楽器が描かれた作品がたくさん残っています。

それを参考にするのです。

 

そのような研究の重要な本拠地のひとつが、スイスのバーゼル・スコラ・カントルムです。

 

今秋から、盛岡出身のバロック・ヴァイオリニスト吉田爽子さんが、バーゼル・スコラ・カントルムに留学しました。

かねてから吉田さんの演奏会を石神の丘美術館で開催したいと思っていましたが、留学を終えて帰国するまで実現はお預けとなりました。

遠く離れた岩手町の空の下から、吉田さんのご健勝をお祈りしています。


2018.09.12 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.108

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.108」


 

暑い暑い夏が終わりました。

今年の夏は本当に暑くて、暑さに弱い私は常に健康状態に不安を覚えて過ごしました。

私は冬よりも夏に風邪をひいたり、高熱を出したりすることが多いのです。

 

なにしろ7月から急に猛暑となり、8月中旬まで連日、30度を超える日が続きました。

夜になると気温が下がり、就寝時にはエアコンを入れずにすんだのがせめてもの救いでした。

気象情報が伝える最高気温は日影の風通しのいい場所での計測ですから、実際にはさらに2度以上高いところで私たちは活動をしていることになります。

熱中症で体調を崩された方、亡くなられた方が今年は記録的に多かったそうです。

 

オートバイで走っていても、気温が体温に近いと熱風を浴びるばかりで、少しも涼しさを感じません。

そのためオートバイに乗るのが躊躇われ、今夏はまったく走行距離が伸びませんでした。

ロードバイク(自転車)も同様です。

スマホに、ほぼ毎日のように「運動はひかえましょう」という熱中症予防情報がメールで届きましたから、それを守ったわけです。

「せっかくの休日だから」などと無理をすると、取り返しのつかないことになりかねません。

 

そんな暑い暑いさなか、ある除雪機メーカーに勤めている友人は、注文を取る営業で大忙しでした。

驚いたことに、除雪機は夏場の商戦で勝負が決まるのだそうです。

メーカーは夏の真っ最中に除雪機を売りまくるわけです。

 

実はスキー用具も夏場が販売の勝負どころなのです。

懇意にしているスポーツ店に行ったところ、たまたまスキー板とスキー靴の最新モデルが展示されていました。

夏に早期注文をすると、最新モデルを割安で入手できるというフェアを開催していたのです。

担当の方のレクチャーを受けているうちに、まんまと最新モデルを注文する羽目になっていました。

 

それはともかく、一夏の間、エアコンの効いた場所で過ごすように心がけましたが、遠出をできないためフラストレーションが溜まる一方です。

そんなとき、『藤原かんいち写真展 夢とバイクは海を越え、国境を超える』は、その素晴らしい写真で私を知らない国へと運んでくれます。


2018.08.14 Tuesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.107

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「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.107」


 

かつて私はホンダ・スーパーカブを乗り回していました。

10年ほど前に友人に譲り渡すまでの5年間だけの付き合いでしたが、楽しい思い出がたくさん残っています。

 

道でよく目にするスーパーカブは排気量が50ccの原付(自動車免許を持っていれば乗れます)ですが、私のは自動二輪免許が必要な90ccのモデルでした。

これは原付と違ってタンデム(二人乗り)ができるのです。

そこに目をつけた某テレビ局が、妻とのタンデムツーリングの番組を企画し、網張や玄武温泉など岩手山の山麓を一泊二日かけて旅をしました。

これもいい思い出のひとつです。

 

スーパーカブは1958年に登場して以来、累計生産台数が2017年秋に1億台に達し、世界最多量産ならびに販売台数を記録しています。

エンジンをはじめ、あらゆる部分が進化しているのですが、「見た目」は1958年の発売当時のモデルとほとんど変わりがありません。

これも我が国の工業製品の中では異例中の異例といえるでしょう。

ホンダはスーパーカブによって世界に知られる存在になり、これを「発明」した本田宗一郎の名を不動のものにしました。

 

スーパーカブの特長は、何よりも燃費のよさにあります。

50ccエンジンのスーパーカブはリッターあたり60キロは走るでしょう。

久性が高く、頑丈でなかなか壊れないため、一台に一生乗れます。

また、小さいながら走破力も馬鹿にできません。

 

私は旧沢内村から秋田県美郷町へ抜ける真昼林道(しばしば通行止めになることでも知られています)をスーパーカブで走ったことがあります。

途中、本格的なオフロードバイクに乗ったライダーらに会いましたが、私のスーパーカブが淡々と走っているのを見て唖然となった顔を忘れられません。

これも楽しかった思い出です。

 

スーパーカブの特長を活かして、日本一周はもちろん、世界一周にチャレンジしている強者も少なくありません。

スーパーカブで「地球縦断の旅」を実現させた藤原かんいちさんは、そんなチャレンジャーらの「鑑」であり、「お手本」というべきライダーです。

 

今月11日から始まる『旅行家・藤原かんいち写真展 夢とバイクは海を越え、国境を超える』では、藤原さんのこれまでの旅の足跡を存分に味わっていただけるでしょう。

私はこの企画展を通じて、藤原さんを旅に駆り立てる原動力に触れてみたいと思っています。


2018.07.14 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.106

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.106」


 

先月、今年は花のつきがいいと書きました。

その後、ヤマボウシがみごとに花をつけました(あれは花ではなく、ガクだそうですが)。

クリの木もたくさんの花をつけ、初夏の香りを放っています。

今年は「花の当たり年」と言っていいようです。

石神の丘美術館のラベンダーも例外ではなく、濃い紫色の花が咲き誇り、爽やかな香りを放っています。

 

石神の丘美術館は、昨年につづいて今年も「ふれあいグリーンキャンペーン」の対象に選ばれ、過日、岩手トヨペット(盛岡市)からラベンダーの苗木200本を寄贈していただきました。

岩手トヨペットの元持雅行社長、佐々木光司町長、「緑の大使」を務める2018ミス・インターナショナル日本代表の杉本雛乃さんらが出席して盛大な寄贈式が行われ、ラベンダーの苗木と社員の寄付金10万円をちょうだいしました。

ラベンダーは南側斜面の階段沿いに植え、徒歩による来館者をお迎えします。

寄付金は今後の美術館整備に有効活用させていただくことになっています。

ここに記し、改めて感謝申し上げます。

岩手中央幼稚園の子どもたちとラベンダー植樹を行う予定でしたが、強い風雨のため中止となったのは残念でした。

 

石神の丘美術館はこのように官民(岩手町、企業、住民)が協力しあって、今日まで歩んできました。

これらの活動が「恋人の聖地」を主宰するNPO法人「地域活性化支援センター」から高く評価され、今年は「恋人の聖地観光交流審査員賞」を受賞しています。

 

石神の丘美術館屋外展示場は今秋から閉鎖し、ラベンダー園や恋人の聖地、散策路を整備する工事に入ります。

この整備事業にあたっても、専門家による検討委員会を2011年に設置。

2013年にまとめられた提言書とその後に開催された町民との懇話会などをもとに進められています。

このような手法も先進的な取り組みと言っていいでしょう。


2018.06.06 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.105

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.105」


 

黄金連休中に、関東関西方面から2組の友人グループが岩手にやってきました。

1組はオートバイの仲間です。

「小岩井の一本桜」と八幡平アスピーテラインの雪の壁が目当てだったのですが、小岩井は大渋滞中と聞いていたので、上坊牧野の一本桜に案内しました。

一本桜はまだ蕾でしたが、まわりの広大な牧野の景色と相まって、とても喜ばれました。

さらに、八幡平アスピーテラインのダイナミックな景観と雪の壁もさることながら、松川の水芭蕉群に強く感銘を受けたようです。

岩手は初めてという方もいて、「いいところに住んでますね」と羨ましがられました。

 

もう1組は、サイクリングの仲間です。

初心者も含まれていたので、平坦なルートを選ぶことにし、北上の展勝地に向かいました。

「さくらまつり」を開催中の展勝地では、みごとな桜並木に加えて、花魁道中や鬼剣舞も見ることができました。

往復の道も「絶景ですね」と、終始、感激しどおしだったようです(私たち地元のものにとっては実にありふれた景色なのですが)。

 

2組が共通して口にしたのは、山が美しいということでした。

他に先駆けて新緑を迎えるブナと残雪のコントラスト、まだ冬枯れの様相を残す林の中でひときわ目立つコブシの白い花。

特に今年はコブシの花のつきがよかったように思います。

 

黄金連休が終わってしばらくすると、ヤマフジが紫色の花をびっしりとつけました。

盛岡の街なかでは白い躑躅がいつもよりたくさん花をつけました。

満開のリンゴの花を見て、今年は白い花の当たり年なのではないかと思いました。

もしそうなら、私の好きなハリエンジュ(ニセアカシア)も、あのいい香りを放つ花をいっぱい咲かせるに違いないでしょう。

 

実は私は40歳近くなるまで、花にも木にも野鳥にもあまり興味がありませんでした。

自然がつくったそれらの美よりも、人がつくった美(絵画や音楽)への興味が強かったのです。

今もなおその傾向はありますが、春から初夏にかけての野山を目にすると、自然にはかなわないと溜め息をつくようになりました。

私にとってこれは大きな変化です。

年齢の積み重ねによる変化だと思います。


2018.05.15 Tuesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.104

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.104」


 

小学校のころから高校を卒業するまで私は教師から一貫して「集中力がない、飽きっぽい」と注意を受けつづけました。

授業中、いつも窓の外をぼんやり眺めてばかりいたのですから、叱られるのも無理はありません。

三つ子の魂百までとはよく言ったもので、今も私は大事な会議のさなかに窓の外を眺めていることがあります。

困ったものです。

 

けれども、「飽きっぽい」はずの私が十代半ばで始めたギターを今も愛好しているのは不思議です。

それは簡単に言うなら、「好きなものは飽きないが、嫌いなものはすぐに飽きる」ということでしょう。

つまり、授業は嫌いだったのです。

だから、もし授業を好きになっていたら、私はどれだけ勉強したことか。

布団代わりにギターをかけて寝るほど熱中したように勉強に熱中していたら今ごろはノーベル賞・・・・・・いえ、冗談です。

 

ターから離れた時期もありましたが(10数年間、私はギターにまったく触れませんでした)、15年ほど前から再開しました。

いったん火がつくと止まりません。

3年前、とうとうバンドを組んで、ステージに立つようにもなりました。

これまでに「もりげきライヴ」に2回、盛岡市内のライヴハウスに1回、一関文化センターの恒例「全日本エレキ音楽祭」に2回、出場しています。

そのほか企業のパーティに呼ばれたり、そうそう、一昨年は道の駅石神の丘開業祭のアトラクションに呼んでいただきました。

 

そのバンド「ザ・ジャドウズ」と盛岡の老舗ロックバンド「にじむらさき」の混成バンド「ザ・パープルジャドウズ」のコンサートを5月16日(水)午後7時から盛岡劇場タウンホールで行います(第281回もりげきライヴ)

懐かしいベンチャーズの曲、タイガースやテンプターズなどのグループサウンズ、ピンキーとキラーズのあの名曲などをお楽しみください。

売り券1000円(当日1200円)です。


2018.04.07 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.103

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.103」


 

新年度になりました。

進学、入学の月でもあります。

 

両親によると、小学校に入ったばかりのころの私は「カタカナの読み書きしかできず、先生を困惑させた」といいます。

漢字はひとつも書けなかったそうです。

 

カタカナを得意とした理由は明らかです。

私は子どものころに映画館、パチンコ店、レストランなどが立ち並ぶ賑やかな繁華街で暮らしていました。

両親は朝から晩まで映画館で共働きでしたから、私は一人で繁華街をよく遊び歩いていたようです。

 

ある夜、夕食時を過ぎても私が家に帰ってこないので、さすがに心配になり、ご近所さんや友人らと手分けをして探しまわったところ、あるスナックのカウンターでホステスを両側にはべらせてレモンスカッシュを飲んでいたというのです。

私は小学校に入る前から喫茶店やスナック(あるいはバー)に入り浸っていたらしいのです(三つ子の魂百まで、という声があちこちから聞こえてきそうですが…)。

 

喫茶店やスナックのメニューはカタカナです。

それで私は幼稚園のころからカタカナだけは読めたというのです。

 

少し成長して小学校も高学年になりますと、私は映画に出てくるクルマ、オートバイ、そして拳銃などの武器に異常なほどの興味を持つようになります。

それらの知識を得るために大人向けの専門誌を講読しはじめました。

 

中学に進むと、映画の原作であるスパイ小説や第二次世界大戦の戦記ものも読むようになりました。

しばしば授業中に隠れて小説を読んでいるところを先生に見つかっては職員室に呼ばれて説教をされました。

決して褒められたことではないものの、これらの読書体験が私の「国語力」をいっきに高めることになったのは確かです。


2018.03.11 Sunday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.102

美術館で毎月発行している小さな情報誌
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.102」


 

先月はジャズとの出会いについて、私も懐かしい思いに浸りながら振り返りました。

今月はジャズという音楽そのものについて簡単に書いてみたいと思います。

 

ジャズのルーツは…などということは書きません。

ジャズのルーツを知るよりも、まずジャズの魅力を知ることのほうが先だからです。

ジャズは即興音楽です。

ある一定の決め事にさえ従えば、あとはそれぞれのミュージシャンの裁量、技術、感覚にまかされ、自由に演奏されます(ちなみに、ジャズの歴史はその自由度が拡大していく変化の歴史でもあるのです)。

 

そういう意味で、規則にがんじがらめのクラシック音楽とは対極に位置する音楽といえるかもしれません(なにしろ、クラシック音楽は楽譜通りに演奏しなければ成立しませんが、ジャズにはそんな決まりもありません)。

ところが、クラシックとまったく関係がないかというと、決してそうではありません。

ジャズは地球上のあらゆる音楽を取り入れて発展してきたのです。

 

いつだったか、ジャズトランペッターの岡崎好郎さんのリハーサルを聴く機会があり、そのときチャーリー・パーカー(モダンジャズの開祖というべきサックス奏者の偉人)とおぼしきフレーズが聴こえてきたので「おっ、パーカーですか」と訊いたら、「そう思うでしょう。ところがこれが実はバッハなんですよ」ということがありました。

 

さて、これからジャズを聴いてみようと思っている方は、ジャズ入門書などは買わず、その分、CDを一枚でも多く買って、闇雲に聴きまくってください。

間違っても、ジャズの歴史を初期からなぞるような聴き方をしてはいけません。

まず自分好みのジャズと出会うことが肝要です。

手当たり次第に聴いているうちに、自分にフィットするジャズが見つかるでしょう。

好きな楽器にしぼって聴いてみるのもいいでしょう。

私はジャズをギターから聴き始めましたが、今はトランペットが好きです。

 

一番のお勧めは生演奏(ライブ)を聴くことです。

盛岡のすぺいん倶楽部やジョニーでライブを体験してください。

また、岩手県民会館で毎年開催している『いわてJAZZ』で国内外の一流ジャズメンの演奏を聴くこともお勧めです。

ジャズのことが何にもわからなくても、生身の人間が目の前で演奏するライブ演奏はCD100枚分に匹敵する情報と刺激を与えてくれます(これは何もジャズに限ったことではないのですが)。

 

石神の丘美術館でもジャズ・ライブをいつか実現したいと考えています。


2018.02.03 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.101

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.101」


 

この連載で何度かクラシックのことを書いていますが、ジャズについてまだ書いていないと気がつきました。

私にとってジャズはクラシックよりもずっと長く深い付き合いがあるのに迂闊でした。

 

これまでに何度も触れたように、私の自宅は映画館の中にありましたので、映画音楽を聴いて育ちました。

クラシックもジャズも映画音楽として私の耳に入っていたわけで、特にクラシックであるとかジャズであるとか意識してはいませんでした。

 

そんな私がジャズを意識して聴くようになったのは高校生になってからです。

私は学校での授業よりも学外での授業を重視するタイプの生徒だったので(つまり、不良高校生ということです)、授業が終わるとクラブ活動(一応、バスケットボール部に籍だけは入っていました)にも出ずに、伴天連茶屋というジャズ喫茶に一目散に向かう毎日でした。

高校に進学するのと同時に岩手放送ラジオでアルバイトをしていましたから、ジャズ喫茶に入り浸るくらいの小遣いは自分で稼いでいたのです。

 

土蔵を改造したそのジャズ喫茶には、いつも怪しげな大人たちが屯していました。

その大人たちとは、後に劇作家として活躍するおきあんご氏や、水彩画の巨匠となる藤井勉さんたちなわけですが、その当時はそんなことはまだわかりません。

私はそんな大人たちの中に混じって、何かいっぱしのことを語り合っていました。

店内に流れるジャズよりも、むしろそういうことが楽しかったのです。

 

夏休みや春休みのシーズンになると、東京から最新流行のファッションに身を包んだ若者たち(雑誌「アンアン」、「ノンノ」の影響からアンノン族と呼ばれていました)がやってきます。

そんな人たちと接することができるのも伴天連茶屋の魅力でした。

 

そうこうしているうちにジャズにも詳しくなっていき(というよりも、体にジャズが染みこんでいったのです)、高校を卒業するころには一端のジャズマニアになっていました。

 

また、それまで本格的なコンサートホールがなかった盛岡に岩手県民会館ができ、アメリカから有名なジャズメンが来るようになりました。

父は映画館勤めを辞め、岩手県民会館の職員になっていたので、裏からもぐりこませてもらって(ホントはいけないのですが、もう時効でしょう)、いろんなコンサートを聴きました。

 

私の高校・大学時代は盛岡市内にジャズ喫茶が5軒はありました。

盛岡のジャズの黄金時代だったのです。

そして、それぞれのジャズ喫茶に個性があり、常連客の顔ぶれも違いました。

そういう違いもジャズ喫茶に行く理由のひとつであり、私は大きな影響を受けました。

 

つまり、ジャズは地方の小さな都市においても単なる音楽ではなく、ある意味で文化の核となっていたのです。


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