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2016.12.10 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.87

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.87」



いよいよ年の瀬です。

今年の年末は私にとって特別な意味があり、感慨深いものがあります。

実は年が明けると私は還暦を迎えるので、この年末は50代最後の年の瀬なのです。

 

もっとも、何か特別な変化があるわけではありません。

会社勤めならば定年退職ということになりますが、私はまだまだ働きつづけなければなりません。

もちろん、これは喜ぶべきことでもあります。

 

数年前から還暦を意識し、さまざまな役職を下りるようにしてきました。

頼まれると断れないという性格のせいで、多いときは20を超える役職を引き受けていました。

岩手県〇〇委員、盛岡市〇〇委員など立派な肩書ですが、いずれも重い責任を担うばかりで、金銭面で生活の足しになることはひとつもありませんでした。

むしろ私の場合は生活を犠牲にすることのほうが多かったといえます。

「私などでお役に立てるなら」という思いで、それらの責務を果たすように努めてきました。

 

ここだけの話、中には「箔がつく」という理由でそういった役職に名を連ねている方もいるようですが、私は「名前だけの役職」が大嫌いなので、自腹を切って勉強をし、ない知恵を絞り、尽くしてきました。

それらの委員会において私は年齢的には中堅でしたが、どんどん若い人に椅子を譲っていくべきだと思っています。

だから、市や県の担当者には「私の後任は私より若い人に」とお願いをしています。

 

それらのほとんどを下りたおかげで身軽になりました(まだ岩手県立図書館運営協議委員と盛岡中央公民館審議委員を務めていますが、今期でお役御免となる予定です)。

その分、これからはもう少し岩手町に来ることが多くなると思います。

飲み会にも大いに参加したいと思っていますので、遠慮なく声をかけてください。


2016.11.17 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.86

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.86」



日々、寒さが増していく今日このごろです。

 

私は毎年、この時期に衣類の整理をします。

夏物を仕舞い、冬物を出すのです。

整理をしていて迷うのが、春秋物です。

ふいに暖かくなることもあるので、すべて仕舞ってしまうと着るものがなくて困ることになります。

いったん仕舞ったものを出すとなると、これがまた面倒でして・・・。

 

私の衣類を整理していてまず気がつくのは、ブラックとグレーが多いことです。

ジャケットにしろパンツにしろシャツにしろ、ほとんどがその2色といっていいでしょう。

次いでワイシャツ(白)、ジーンズ(紺)、チノパンツ(黄土色)という具合です。

もともと服装については保守的で、若いころから渋好みだったこともあり、黒っぽい服装になってしまいました。

原色を使った衣類は着たことがありません。

 

ところが、今年になって私の服装に少しずつ変化が訪れています。

明るい色の衣類を着るようになってきたのです。

 

歳を取ると体から発する雰囲気が沈んだトーンになっていきます(実際に肌の色合いが若い人に比べて暗めになります)。

これを「落ち着いた大人の雰囲気」と前向きにとらえることもできるのですが、黒っぽい服装はその沈んだトーンをさらに暗く見せてしまうようです。

それが明るい色のシャツを着るだけで明るいトーンに変わるのです。

さらに、明るい色の衣類は気分も明るくしてくれることを知りました。

 

昔から「歳を取ると服装が派手になる」といわれています。

私には縁のないことだと思っていましたが、それにはこのように合理的と言ってもいいような理由があったのです。

「何か今日は今ひとつ気分がパッとしないな」というときは、思いきって明るい色の服を身につけるようになりました。

 

もっとも、真っ赤なシャツを着る勇気はないので(たぶん似合わないですし)、明るい紺色のシャツを着るという程度の違いです。

私の場合、それでも充分に効果があるようです。


2016.10.20 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.85

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.85」



ザ・ビートルズの全盛期をライブ映像を中心に描いたドキュメンタリー映画『エイト・デイズ・ア・ウィーク』が、先月からほぼ全世界で公開されました。

ロン・ハワード監督は『アポロ13』や『ダ・ヴィンチ・コード』などの大ヒット作で知られていますが、ドキュメンタリー映画はおそらく初めての挑戦だと思います(間違っていたらごめんなさい)。

 

映画のタイトルは『ビートルズ・フォー・セール(ビートルズ '65)』に収められた同名のヒット曲から取られています。

当時の猛烈な多忙ぶりが「1週間に8日間も働くなんて…」という歌詞で表現されている曲です。

映画を観ると、これが誇張ではないことがよく伝わってきます。

ビートルズは楽曲作りばかりでなく、ライブ活動においても超人的な存在だったのです(ある意味では、その超過密スケジュールがザ・ビートルズの解散のきっかけとなった、あるいは解散を早めたと言っていいでしょう)。

 

ビートルズはしばしばインタビューにおいて物議をかもす発言をしています。

たとえば、「ビートルズはキリストよりも有名だ」(ジョン・レノン)は、その言葉尻をとらえた偏向報道によって一人歩きし、ビートルズ排斥運動にまで発展します。

しかし、数々のインタビューシーンからは、ビートルズの4人が「ひじょうに頭の切れる若者」だったことがわかりますし、当時、喧伝されていた「反抗的な若者」というイメージも容易にひっくり返されます。

 

この映画の白眉は、アメリカ公演に向けてのインタビューの際に、「黒人がどこに座ろうと許されるのでない限り出演しない」と発言した歴史的瞬間が見られるところだと思います。

当時、アメリカには「人種隔離」という黒人差別政策があり、コンサートホールでも別々の入り口を使い、別々の座席に座らなければなりませんでした。

これに対してビートルズは「人種差別をしているところでは演奏しない」と宣言したのです。

その結果、黒人と白人が同じ席につくというコンサートが実現し、人種隔離という高い壁が崩れていったのです。

 

全米ヒットチャートで1位の座に何週間いたとか、ヒットチャートの1位から5位まで独占したというようなことがビートルズの功績として挙げられますが、真の偉大な功績はこの「宣言」だと私は思います。

 

デビュー当時の1960年代初頭には「社会の脅威」と大人たちから批判されたビートルズでしたが、やがてエリザベス女王から勲章を受け、日本でも音楽の教科書に載る存在になりました。

つまり、ビートルズは音楽を通して、社会の成長を促したのです。

「価値は決まったひとつのものではなく、たくさんあるのだ」と世界に教えてくれたのもビートルズです。

 

そういう意味では美術館もまた「多様な価値観」を実践する場です。

縛られた価値観からは新しいものは生まれません。


2016.09.15 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.84

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.84」



SFの世界(小説、映画など)にスチームパンクというジャンルがあります。

19世紀を舞台に、いろいろな先端科学が出てくるのが特徴ですが、そのどれもがアナログな機械仕掛けなのです。

エネルギー源は電気なら上等なほうで、蒸気機関があらゆる分野で活躍します。

たとえば、コンピュータも蒸気駆動という具合です。

おそらく、そこからスチームパンクという名称が生まれたのだろうと思います。

ジュール・ヴェルヌの長編小説『海底2万里』やH.G.ウェルズの諸作品の影響を受けたそれらは、もともとは19世紀のヴィクトリア朝イギリスを舞台にしていました。

ウィリアム・ギブスンとブルース・スターリングの共著『ディファレンス・エンジン』(1990年)がその嚆矢といえるでしょう。

 

今日では英国以外を舞台にしたスチームパンクもたくさんあります。

19世紀のアメリカ西部を舞台にした映画『ワイルド・ワイルド・ウエスト』はスチームパンクの傑作です。

日本では大友克洋の『スチームボーイ』や宮崎駿の『ハウルの動く城』などのアニメ映画がスチームパンクだといわれています。

ちなみに、ここに挙げた3本は私の大好きな映画です。

 

さて、岩手町立石神の丘美術館では『眞壁廉 彫刻展』を開催します(925日〜116日まで)。

岩手町のみなさんには当館野外展示場の人気者「ウミシカ」の作者としてお馴染みの眞壁さんですが、近年はもっぱら鉄を用いた作品を発表しています。

鉄の頭像、馬、昆虫など眞壁さんならではの独特な世界に引き寄せられます。

しかも、可動式になっているものなど仕掛けがあるのも大きな特徴です。

 

これらの作品に接したとき、私はスチームパンクを連想しました(スチールの作品だから、という駄洒落ではありません)。

眞壁さんにスチームパンクとの関連をお尋ねしたところ、眞壁さんはスチームパンクをご存じではありませんでした。

つまり、スチームパンクの影響を受けることなく、別のところからスチームパンクと重なる作品(もっと言うなら、作品をつくるための哲学)が誕生したのです。

これも実に興味深いことです。

 

ひとつひとつに奥深いドラマが潜んでいるように感じられるのも、眞壁さんの作品の特徴です。

眞壁さんは制作にあたって、頭の中に物語を描くとうかがったことがあります。

どんな物語なのか想像しながら見るのも楽しいと思います。

作品から生まれる物語は決してひとつではありません。

みなさんがそれぞれの物語を描いていいのです。

眞壁さんの作品はみなさんにきっとたくさんの物語を提供してくださることでしょう。


2016.08.16 Tuesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.83

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.83」



石神の丘美術館では『斎藤純と旅する ぶらり北緯40°』展を開催中です(911日まで)。

 

岩手町は「北緯40度の町」です。

本展は、北緯40度線上の地域はすべて「仲間」であると考え、東は岩手県普代村から西は秋田県男鹿市までの12市町村を紹介しています。

 

とはいえ、限られたスペースで12市町村のすべてを紹介することは不可能ですし、網羅的な展示にはそもそも興味がありませんでした。

実際に私が愛車・白馬号(ホンダCB1100EX)で北緯40度を旅し、その紀行文をもとに展示を工夫しています。

したがって、観光案内でもタウンガイドでもなく、「北緯40度の地域を一人のオートバイ乗りがどのように眺めたのか」という内容になったと思っています。

 

旅を終えたとき、芸術・文化の面において「岩手町は北緯40度の市町村の牽引役だ」と確信めいたものを感じました。

そういう意味で、本展は石神の丘美術館の今後の活動の助走にすぎないと言っておきましょう。

 

ところで、改めて緯度(と経度)について調べてみました。

緯度は赤道を基準に定められたので、自然の法則が人間の叡知によって実用化されたと言っていいでしょう。

正しい位置を知るには緯度だけでなく、経度も必要です。

経度は人間の叡知を地球に当てはめたものです。

そのため、経度は人間の都合でしばしば基準となる場所が変わったという歴史があります。

今は衛星を利用したGPSによって容易に自分の居場所を知ることができますが、それまでは天体観測(昼は太陽の位置、夜は星の位置)と計算によって計測していました。

計算には、どのような条件下でも正確に時を刻む時計が必要でしたから、その研究と開発も「経度の歴史」には綿密な関係がありました。

これらは博物館の領域ですので、今回は割愛しました。

 

石神の丘美術館の企画展の恒例で、産直とレストランとのコラボレーション企画もあります。

夏休みは、道の駅石神の丘にご家族でお出かけください。


2016.07.17 Sunday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.82

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.82」



去年の今ごろ、私はベースの田村曙光さん、ギターの吉田亘さん、ドラムスの澤井泰董さんの3人に声をかけて新しいバンドを組みました。

私にとってはそれぞれ旧知の友でしたが、4人が顔を合わせるのは初めてのことでした。

ついでに言えば、私がバンマス(リーダー)をつとめるのは初めてですし、演奏するエレキインストと昭和歌謡も初めて挑戦するジャンルです(これは他の3人も同じです)。

バンド名はザ・ジャドウズといいます。

名付け親はドラムスの澤井さんですが、由来を明かしてくれません。

「蛇(じゃ)の道は蛇」から取ったのではないかと私は想像していますが。

 

私は今年、数えで60歳になりました。還暦です。

これを機に何か新しいことに挑戦しようと思ったのが、このバンドを組むきっかけでした。

正直なところ、60歳の自分の姿をイメージすることができないまま、還暦を迎えてしまったのです。

馬齢を重ねるとはまさに私のことだな、と落胆していても埒があかないのでバンド活動で気を紛らしているのが真相です。

 

ザ・ジャドウズは昨秋の「第249回もりげきライヴ」(盛岡劇場タウンホールで1995年から20年以上も続いているコンサート)でデビューし、大成功をおさめました。

その勢いで「中津川べりフォークジャンボリー」(2000年から続いている大イベント)にも出演しています。

今年も5月に盛岡市内のライブスポットでライブを行い、客席を満員にしました。

 

そのザ・ジャドウズが723日(土)の「道の駅石神の丘開業祭」に出演します。

ザ・ベンチャーズでお馴染みの「十番街の殺人」、「パイプライン」などに加えてマニア好みの「エマの面影」(ザ・サウンズ)、「ジャニー・ギター」(ザ・スプートニクス)などの懐かしいエレキインストをお楽しみください。

さらに、石倉かよこさん(福岡市在住)をゲストに「まっ赤な太陽」(美空ひばり&ザ・ブルーコメッツ)など昭和リズム歌謡もお届けする予定です。

ザ・ジャドウズの出番は午前1130分、午後1245分、午後2時の3回です(それぞれ30分間のステージ)。

 

奇しくも私たち5人は昭和30年代生まれです。

日本が最も活気に満ち溢れ、明るい未来を信じていた時代と言っていいでしょう。

昭和歌謡もエレキインストもそんな時代を象徴する音楽です。

それは懐かしさとともに新鮮な響きを感じさせます。

 

それにしても、あのころに憧れた加山雄三が77歳の今なお現役バリバリで活躍なさっているのを見ると、落胆などしている暇はないとカツを入れられたような気持ちになります。

 

還暦といえば赤いチャンチャンコですが、私は記念に赤いギターを手に入れました。

723日はその新しいギターもお披露目したいと思っています。


2016.06.15 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.81

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.81」



石神の丘美術館には、野外ステージがあります。
かつては『石神ロック』という大きなロックコンサートが開催されたり、民謡やブラスバンドの発表の場として利用されていましたが、私が石神の丘美術館の芸術監督に就任したころはほとんど使われていませんでした。
当時、民部田町長から与えられた宿題が「野外ステージの活用」でした。


これは難問でした。
たとえば、ロックコンサートは音響設備だけで数百万円の費用がかかります。
舞台セットや夜間公演の場合の照明などを加えると軽く一千万円を超える規模になります。
野外のイベントはそれだけ費用がかかるのです。


私はまっさきにクラブチェンジ・グループの黒沼亮介社長に相談をしました。
黒沼さんは盛岡城跡公園で開催されている『いしがきミュージック・フェスティバル』(
7万人を動員する県内最大のロックフェスティバルで、今年10回目を迎えます)を牽引してきた功労者です。

『カレッジ・オブ・ロック』は県内の学生バンドの発表の場が少ないこと、バンド同士の横の交流がない点などを踏まえて生まれた企画です。
この企画の実現に向けて、私たちは町内の企業、商工会、有志のみなさんに協力を求めました。
そして、クラブチェンジ・グループの献身的な協力もあって、
20125月に第1回『カレッジ・オブ・ロック』を開催することができました。
あれから
4年、今では県内の学生らが出場を目標とするイベントにまで成長しました。
来場者も年々増えています。
岩手町にこれだけ多くの若者が集うのは『カレッジ・オブ・ロック』のときだけです。


クラブチェンジ・グループを率いる黒沼さんは、音楽を通して盛岡の街を盛り上げていこうというポリシーを持っています。
石神の丘美術館を「街づくり」に活かしたいと考えている私とはそういう点でも意気投合するのです。
ロックを通して岩手町を盛り上げている『カレッジ・オブ・ロック』の底にもそのポリシーが貫かれています。


今年の第5回『カレッジ・オブ・ロック』はゲストに日食なつこさんを迎え、いっそうパワーアップします。
ピクニック気分でぜひお出かけください。


余談ですが、私は去年、初めてバンドリーダーをつとめるザ・ジャドウズを結成し、これまでに3回のライヴを行ないました。
ザ・ベンチャーズやザ・シャドウズといった懐かしいエレキサウンドと、ゲストボーカルに参加してもらって、昭和歌謡をみなさんに楽しんでいただきました。
ザ・ジャドウズは来月
23日の「道の駅石神の丘開業祭」にも出演させていただくことになりましたので、どうぞお楽しみに。

 

2016.05.18 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.80

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.80」



今年の大型連休は残念ながら天候に恵まれませんでした。
名古屋から毎年やってくるオートバイ仲間と八幡平界隈を走り回った日は雪がちらつくありさまで(その日、八幡平アスピーテラインは閉鎖)、
5月の雪には私もびっくりしましたが、逆に遠来のオートバイ仲間たちは大喜びでした。
思いがけず、いいプレゼントになりました。


連休中、石神の丘美術館で開催中の『近代洋画展』にも町内外から多くの方にお越しいただきました。
日本の近代美術史にその名を残す画家の作品が一堂に介している本展をご覧になった方々からは、「巨匠の作品がこんなに揃っているなんて」という驚きの声や、「これだけの顔ぶれの作品を見られることはめったにない」といった声をたくさんいただいています。


展示作品は公益社団法人糖業協会が長年にわたって蒐集してきたコレクションです。
美術品は個人や美術館以外にも民間企業が蒐集していて、これを企業コレクションと呼んでいます。
有名なものでは、化粧品メーカーのポーラが印象派を中心に素晴らしいコレクションを持っていて、箱根のポーラ美術館で公開されています。


糖業協会コレクションを管理していた円鳥洞画廊(東京都有楽町)の社長が実は盛岡で少年時代を過ごした方で、本展の実現に向けて尽力してくださいましたが、残念ながら今年初めに逝去されました。
この場を借りてご冥福をお祈りします。


糖業協会の前身は、1909(明治42)年に台湾の製糖業者による業界団体として発足した台湾糖業連合会です。
台湾に近代的な製糖業をひろめたのが岩手出身の新渡戸稲造でした。
新渡戸は台湾では「台湾砂糖の父」と呼ばれていますが、日本ではあまりそのことが知られていないようです。
糖業協会のコレクションが今あるのも、新渡戸稲造のおかげと言っていいでしょう。円鳥洞画廊との縁とあわせて、何だか見えない「赤い糸」で結ばれていたような気がしてなりません。


近代美術の巨匠の名品に出会える、岩手では数少ない機会です。
ぜひ足をお運びください。

 

2016.04.19 Tuesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.79

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.79」



新年度になりました。
平成
28年度も引き続いて石神の丘美術館の芸術監督を仰せつかりましたので、よろしくお願いします。

石神の丘美術館は独自の自主企画を開催し、年間およそ2万人の来館者をお迎えしています。
その内、
1,300余名は町内の小中学生です。
これは町の総人口の
10パーセントにあたります。
日本広しといえども、これほどの児童生徒が美術館を訪れている自治体は他に例を見ません。


また、レストラン石神の丘や産直との連携にも力を入れ、企画展ごとにさまざまな取り組みをしています。
これらの実績が認められ、昨年度は「道の駅大賞(東北道の駅連絡会)」を受賞しました。
さらに、旅行情報誌「東北じゃらん」の「東北道の駅満足度ランキング」においても
10位にランクインしました。
東北には現在
146もの道の駅があります。
その中から選ばれたわけですから、この二つの受賞は、道の駅石神の丘が「美術館のある道の駅」として広く支持されていることを示していると言っていいでしょう。


今年度も石神の丘美術館はユニークな企画展を用意しています。
その第一弾となる岩手国体文化プログラム事業『近代洋画展 明治・大正・昭和−自己の表現を求めて』は、我が国の近代洋画の先駆者が残した美術遺産が勢ぞろいするものです。
その一部の画家を列挙すると、梅原龍三郎、小磯良平、児島善三郎、須田国太郎、東郷青児、中川一政、藤島武二、安井曾太郎、和田英作ら錚々たる顔ぶれで、名前を書き写す手が震えてくるほどです。


岩手国体文化プログラム事業『近代洋画展 明治・大正・昭和−自己の表現を求めて』は423日から65日までの開催です。
なお、岩手町民の方は
2割引きになります。
ぜひ足をお運びください。

2016.03.09 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.78

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.78」



石神の丘美術館では、『写真と資料でみる 川口秋まつり復活三十年展』を展示室で、『第16回岩手町埋蔵文化財展』をホールで開催中です。

昨秋、復活30年記念を迎えた川口秋祭りの大名行列に私は参加させていただき、一生の思い出となりました。
盛岡からも知人らが駆けつけてくれ、「こんなに素晴らしいお祭りがあることを知らなかった」と驚いていました。
人口減少にともない、貴重な地域資源である民俗芸能が年々姿を消していく傾向にあります。
川口秋祭りを岩手町が一丸となって盛り上げていくことが今後の課題でしょう。
この企画展がその一助になればと思っています。


岩手町で発掘される土器類も貴重な地域資源です。
岩手県には縄文遺跡がたくさんあり、珍しい土器も多数発掘されています。
それらは御所野縄文公園、岩手県立博物館、盛岡市遺跡の学び館などで展示されていますが、ごく一部にすぎません。
岩手町には残念ながら縄文土器などを常設展示する施設がありませんので、石神の丘美術館で毎年3月に展示しています。


縄文土器には考古学的な価値があるだけでなく、私たちの遠い祖先が持っていた美意識を知ることもできます。
「縄文の美」を再発見したのは、「芸術は爆発だ」で知られる岡本太郎でした。


そもそも縄文土器は食物などの保存や煮炊きをするための道具でした。
その縄文土器に岡本は東北の旅で出会い、美を見出したのです。
さらに岡本は、花巻の鹿踊りに縄文の流れを感じ、縄文文化が現在の東北に根強く息づいていると記しています。


このように縄文土器(と、縄文土器を生み、育んだ縄文文化)に接することによって、私たちは「社会」、「歴史」、「美学」、「美術史」、さらには「家庭科」なども学ぶことができるのです。
この機会にぜひ縄文土器をご覧ください。
『川口秋まつり復活三十年展』、『第
16回岩手町埋蔵文化財展』ともに入館無料です。

 

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