最新情報・ブログ
2016.06.15 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.81

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.81」



石神の丘美術館には、野外ステージがあります。
かつては『石神ロック』という大きなロックコンサートが開催されたり、民謡やブラスバンドの発表の場として利用されていましたが、私が石神の丘美術館の芸術監督に就任したころはほとんど使われていませんでした。
当時、民部田町長から与えられた宿題が「野外ステージの活用」でした。


これは難問でした。
たとえば、ロックコンサートは音響設備だけで数百万円の費用がかかります。
舞台セットや夜間公演の場合の照明などを加えると軽く一千万円を超える規模になります。
野外のイベントはそれだけ費用がかかるのです。


私はまっさきにクラブチェンジ・グループの黒沼亮介社長に相談をしました。
黒沼さんは盛岡城跡公園で開催されている『いしがきミュージック・フェスティバル』(
7万人を動員する県内最大のロックフェスティバルで、今年10回目を迎えます)を牽引してきた功労者です。

『カレッジ・オブ・ロック』は県内の学生バンドの発表の場が少ないこと、バンド同士の横の交流がない点などを踏まえて生まれた企画です。
この企画の実現に向けて、私たちは町内の企業、商工会、有志のみなさんに協力を求めました。
そして、クラブチェンジ・グループの献身的な協力もあって、
20125月に第1回『カレッジ・オブ・ロック』を開催することができました。
あれから
4年、今では県内の学生らが出場を目標とするイベントにまで成長しました。
来場者も年々増えています。
岩手町にこれだけ多くの若者が集うのは『カレッジ・オブ・ロック』のときだけです。


クラブチェンジ・グループを率いる黒沼さんは、音楽を通して盛岡の街を盛り上げていこうというポリシーを持っています。
石神の丘美術館を「街づくり」に活かしたいと考えている私とはそういう点でも意気投合するのです。
ロックを通して岩手町を盛り上げている『カレッジ・オブ・ロック』の底にもそのポリシーが貫かれています。


今年の第5回『カレッジ・オブ・ロック』はゲストに日食なつこさんを迎え、いっそうパワーアップします。
ピクニック気分でぜひお出かけください。


余談ですが、私は去年、初めてバンドリーダーをつとめるザ・ジャドウズを結成し、これまでに3回のライヴを行ないました。
ザ・ベンチャーズやザ・シャドウズといった懐かしいエレキサウンドと、ゲストボーカルに参加してもらって、昭和歌謡をみなさんに楽しんでいただきました。
ザ・ジャドウズは来月
23日の「道の駅石神の丘開業祭」にも出演させていただくことになりましたので、どうぞお楽しみに。

 

2016.05.18 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.80

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.80」



今年の大型連休は残念ながら天候に恵まれませんでした。
名古屋から毎年やってくるオートバイ仲間と八幡平界隈を走り回った日は雪がちらつくありさまで(その日、八幡平アスピーテラインは閉鎖)、
5月の雪には私もびっくりしましたが、逆に遠来のオートバイ仲間たちは大喜びでした。
思いがけず、いいプレゼントになりました。


連休中、石神の丘美術館で開催中の『近代洋画展』にも町内外から多くの方にお越しいただきました。
日本の近代美術史にその名を残す画家の作品が一堂に介している本展をご覧になった方々からは、「巨匠の作品がこんなに揃っているなんて」という驚きの声や、「これだけの顔ぶれの作品を見られることはめったにない」といった声をたくさんいただいています。


展示作品は公益社団法人糖業協会が長年にわたって蒐集してきたコレクションです。
美術品は個人や美術館以外にも民間企業が蒐集していて、これを企業コレクションと呼んでいます。
有名なものでは、化粧品メーカーのポーラが印象派を中心に素晴らしいコレクションを持っていて、箱根のポーラ美術館で公開されています。


糖業協会コレクションを管理していた円鳥洞画廊(東京都有楽町)の社長が実は盛岡で少年時代を過ごした方で、本展の実現に向けて尽力してくださいましたが、残念ながら今年初めに逝去されました。
この場を借りてご冥福をお祈りします。


糖業協会の前身は、1909(明治42)年に台湾の製糖業者による業界団体として発足した台湾糖業連合会です。
台湾に近代的な製糖業をひろめたのが岩手出身の新渡戸稲造でした。
新渡戸は台湾では「台湾砂糖の父」と呼ばれていますが、日本ではあまりそのことが知られていないようです。
糖業協会のコレクションが今あるのも、新渡戸稲造のおかげと言っていいでしょう。円鳥洞画廊との縁とあわせて、何だか見えない「赤い糸」で結ばれていたような気がしてなりません。


近代美術の巨匠の名品に出会える、岩手では数少ない機会です。
ぜひ足をお運びください。

 

2016.04.19 Tuesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.79

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.79」



新年度になりました。
平成
28年度も引き続いて石神の丘美術館の芸術監督を仰せつかりましたので、よろしくお願いします。

石神の丘美術館は独自の自主企画を開催し、年間およそ2万人の来館者をお迎えしています。
その内、
1,300余名は町内の小中学生です。
これは町の総人口の
10パーセントにあたります。
日本広しといえども、これほどの児童生徒が美術館を訪れている自治体は他に例を見ません。


また、レストラン石神の丘や産直との連携にも力を入れ、企画展ごとにさまざまな取り組みをしています。
これらの実績が認められ、昨年度は「道の駅大賞(東北道の駅連絡会)」を受賞しました。
さらに、旅行情報誌「東北じゃらん」の「東北道の駅満足度ランキング」においても
10位にランクインしました。
東北には現在
146もの道の駅があります。
その中から選ばれたわけですから、この二つの受賞は、道の駅石神の丘が「美術館のある道の駅」として広く支持されていることを示していると言っていいでしょう。


今年度も石神の丘美術館はユニークな企画展を用意しています。
その第一弾となる岩手国体文化プログラム事業『近代洋画展 明治・大正・昭和−自己の表現を求めて』は、我が国の近代洋画の先駆者が残した美術遺産が勢ぞろいするものです。
その一部の画家を列挙すると、梅原龍三郎、小磯良平、児島善三郎、須田国太郎、東郷青児、中川一政、藤島武二、安井曾太郎、和田英作ら錚々たる顔ぶれで、名前を書き写す手が震えてくるほどです。


岩手国体文化プログラム事業『近代洋画展 明治・大正・昭和−自己の表現を求めて』は423日から65日までの開催です。
なお、岩手町民の方は
2割引きになります。
ぜひ足をお運びください。

2016.03.09 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.78

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.78」



石神の丘美術館では、『写真と資料でみる 川口秋まつり復活三十年展』を展示室で、『第16回岩手町埋蔵文化財展』をホールで開催中です。

昨秋、復活30年記念を迎えた川口秋祭りの大名行列に私は参加させていただき、一生の思い出となりました。
盛岡からも知人らが駆けつけてくれ、「こんなに素晴らしいお祭りがあることを知らなかった」と驚いていました。
人口減少にともない、貴重な地域資源である民俗芸能が年々姿を消していく傾向にあります。
川口秋祭りを岩手町が一丸となって盛り上げていくことが今後の課題でしょう。
この企画展がその一助になればと思っています。


岩手町で発掘される土器類も貴重な地域資源です。
岩手県には縄文遺跡がたくさんあり、珍しい土器も多数発掘されています。
それらは御所野縄文公園、岩手県立博物館、盛岡市遺跡の学び館などで展示されていますが、ごく一部にすぎません。
岩手町には残念ながら縄文土器などを常設展示する施設がありませんので、石神の丘美術館で毎年3月に展示しています。


縄文土器には考古学的な価値があるだけでなく、私たちの遠い祖先が持っていた美意識を知ることもできます。
「縄文の美」を再発見したのは、「芸術は爆発だ」で知られる岡本太郎でした。


そもそも縄文土器は食物などの保存や煮炊きをするための道具でした。
その縄文土器に岡本は東北の旅で出会い、美を見出したのです。
さらに岡本は、花巻の鹿踊りに縄文の流れを感じ、縄文文化が現在の東北に根強く息づいていると記しています。


このように縄文土器(と、縄文土器を生み、育んだ縄文文化)に接することによって、私たちは「社会」、「歴史」、「美学」、「美術史」、さらには「家庭科」なども学ぶことができるのです。
この機会にぜひ縄文土器をご覧ください。
『川口秋まつり復活三十年展』、『第
16回岩手町埋蔵文化財展』ともに入館無料です。

 

2016.02.06 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.77

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

なお、過去のエッセイをご覧になりたい場合は、
「美術館通信」コーナーよりpdf形式でご覧ください。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.77」



石神の丘美術館ではクラシック音楽に気軽に親しんでもらうために「芸術監督講座《音楽編》」を実施しています。
今月、その第6回を
21日午後1時30分から開催します。

今回は「古楽って何?」と題して、ルネサンス音楽やバロック音楽のドアをあけてみようと思います。

古楽というのは、平たく言うと200年前から300年前の演奏のスタイルを復元する試みです。

私たちがふだん聴いているクラシック演奏は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて急速に発展したスタイルであり、たとえばバッハが活躍していた当時の演奏と現代の演奏では、使用している楽器も演奏上の様式も異なっています。
古色蒼然というイメージもあるクラシックですが、実は時代の要求に応じて演奏のスタイルは変化してきました。


古楽では、いったん絶滅したかに見えた楽器も大活躍します。
たとえばリュート
(ギターに取って代わられました)とヴィオラ・ダ・ガンバ(チェロに取って代わられました)がそうです。
これらは
19世紀半ばには表舞台から姿を消してしまいました。
ヴァイオリンも
(ちょっと見ただけではわかりませんが)細かい改良が施されて今日に至っています。

演奏の習慣や様式の違いについては少し専門的になってしまうのでここでは割愛しますが、「百聞は一見にしかず」というとおり、同じ曲を現代の演奏と古楽の演奏で訊き比べてみれば、すぐに違いがわかります。
言葉にすると、現代の演奏がこってり味なのに対して、古楽はあっさり味です。

20世紀後半に「ナチュラル」とか「シンプル」というキーワードが生活文化のあらゆる領域で広く見られるようになりましたが、古楽もそのひとつと言っていいかもしれません。

この講座ではCDを聴きながら、古楽の世界をみなさんと一緒に楽しみたいと思っています。
聴講は無料です。

2016.01.14 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.76

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

なお、過去のエッセイをご覧になりたい場合は、
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.76」



明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。


朝日新聞土曜版〈Be〉の「作家の口福」という3回連載エッセイの最終回に「野菜の宝庫 岩手町にぜひ」と題して(このタイトルは担当編集者が付けてくれたのですが)岩手町自慢を書いたところ、町内はもとより各方面から反響がありました(盛岡の友人知人らからは「なぜ盛岡のことを書かなかったんだ!」と責められました)。

長引く景気の低迷や人口減少など、地方にとって受難の時代です。
地域の資源(資源には産業はもちろんですが、風景やそこに暮らす人々も含まれます)を活かした街づくりが地方再生の鍵を握っていると思います。
それをお手伝いする意味でも、機会があるたびに岩手町のことを宣伝していくつもりです。


資源といえば、雪も重要な資源のひとつです。

私は昨シーズンからスキーを再開しました。
雪国に暮らしているのだから、雪という資源を楽しもうと思い立ったのです(残念なことに今年は雪が少なく、
1221日の時点では夏油スキー場しかオープンしていませんが)。

スキーを再開したそもそものきっかけは、冬の運動不足の解消でした。
実際、スキーは思っていた以上にいい運動になります。
また、オートバイにもロードバイク(長距離競技用のスポーツ自転車)にも乗れない冬は私にとって憂鬱な季節でしたが、雪を待ち焦がれるという劇的な変化が起きました。
これは私の中で革命が起きたようなものです。
身体的な健康ばかりでなく、精神衛生上もスキーは有効なようです。


もともと子どものころに、学校でかなり徹底的にスキーを仕込まれましたから、私自身の中に眠っていた資源を掘り起こしたということができるかもしれません。

もうひとつ、私はギターに熱中しています。
実はこれも再開したもののひとつです。

10代半ばから20代初めにかけて私はギター中心の生活をしていましたが、大学を卒業し、東京を離れるときにギターと縁を切りました。
「これからは聴くだけにしよう」と決意したのです(今思うと、あまりに熱中しすぎて疲れたのでしょう)。


10年前、ギターを弾かなければならない事情が生じ、それが私のギター熱を再燃させることになりました。
私の中に眠っていた資源が掘り起こされたわけです。
いつかそのことは改めて書こうと思います

2015.12.12 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.75

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

なお、過去のエッセイをご覧になりたい場合は、
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.75」



東日本大震災から4年半が過ぎた先月初旬に岩手日報社から、東日本大震災鎮魂岩手県出身作家短編集『あの日から』が刊行されました。

震災直後、同じように岩手県出身作家の短編をまとめた『十二の贈り物』(荒蝦夷刊)が出版されましたが、収録作品はすべてすでに発表されたものでした。
印税を被災者への義捐金(文化支援)に充てることが目的だったので、なるべく早く出版する必要があり、書き下ろしている時間がなかったのです。
一方、今回の『あの日から』は、ほとんどが書き下ろし作品です。

 
実は私も含めて岩手の作家たちは、東日本大震災をテーマにした作品を書いていないことがこの短編集の話が持ち上がったときに明らかになりました。
想像を超えた悲劇を目の当たりにし、それを小説というフィクションにすることに誰もがためらいを覚えていたのです。


この作品集の話をいただいたとき、私はある決意をしました。
東日本大震災を舞台にしたサスペンスを、ハードボイルドなタッチで書こうと決めたのです。


私は震災直後に東日本大震災復興支援チームSAVE IWATEに加わったので、復興支援活動の詳細を知る立場にありました。
ですから、その裏話などを小説にすることもできましたが、それは私の本来の仕事ではありません。
ミステリー作家としてエンターテインメントを書くことで私なりに東日本大震災と向き合うことにしたのです。


ある意味では、つらい道を選択しました。
あの悲劇を舞台にエンターテインメントを書いていいものかどうか、ぎりぎりまで私は悩み、逡巡し、何度も諦めかけました。
自ら高い壁をつくってしまったと、つくづく思いました。


どうにか書き上げることができたとき、私はこれまでに経験したことのない達成感を覚えました。
自ら設定した高い壁を乗り越えることができたからです。
そして、「おもしろい小説」を書いたという自負があります。
と同時に、私はこの作品を書くことで心の復興をすることができました。


もちろん、東日本大震災をテーマに「おもしろい小説などけしからん」とおっしゃる方もいるでしょう。
私自身、その葛藤に一番苦しんだ本人なのですから、よくわかります。
私はこういう形で私のつとめを果たしたと言うしかありません。


私のことはさておき、12人の作家(岩手から現役で活躍している作家がそんなにいることにも改めて驚きます)の個性が味わえる短編集です。
ぜひ手にとってご覧ください。

2015.11.14 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.74

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

なお、過去のエッセイをご覧になりたい場合は、
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.74」



秋も深まり、オートバイとロードバイク(長距離競技用の自転車)のシーズンを終えようとしています。
オートバイを昨秋に買い換えたばかりなので、今シーズンはツーリング計画をいくつも立てましたが、なかなか時間がつくれず、結局は北海道と福島にしか行けませんでした。
県内もあちこち行きたいところがあったのですが、やはり計画倒れでした。


ロードバイクにもあまり乗れず、今年は最低記録をつくってしまいました。
それだけ忙しかったということですから、見方によっては喜ぶべきことなのかもしれません。


その一方、今年も奈良、京都、静岡、名古屋、大阪、東京それに近県の仲間たちが大勢やってきて、ツーリングやサイクリングを満喫していきました。
彼らは口々に「岩手はたとえ入県料を払ってでも走る価値がある」と言います。
日本は豊かな自然に恵まれた国ですが、それをオートバイやロードバイクに乗って楽しめる環境の整っている地域となると、実はそう多くないようです。
それに、有名な場所(たとえば箱根や日光)は休日ともなれば渋滞となり、ストレスが溜まるばかりです。
その点、岩手は交通量が少ないので、のびのびと景色を楽しむことができます。


私たちがふだん見慣れた風景でも、岩手を訪れた人たちにとっては新鮮な驚きに満ちているものです。
彼らとの小さな旅は、そんなことを教えてくれます。


かつてはこの季節になると、これから四ヶ月あまりオートバイにもロードバイクにも乗れなくなるせいで憂鬱になったものですが、去年からスキーを再開したおかげで、冬の到来を待ち焦がれて気分が浮き立つようになりました。
家にこもりがちになる冬季間の健康のために始めたスキーが、メンタルヘルスにもいい効果を及ぼしているわけです。
スポーツの効能のひとつと言っていいでしょう。

2015.10.07 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.73

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.73」



今回は音楽の中でも特にクラシックとの出会いを振り返ってみたいと思います。

40代はじめのころ、「50になったら、クラシックをちゃんと聴いてみよう」と思いました。
もともとクラシックにも興味がなかったわけではないのですが、ジャズ、ロック、ブルーズ、ブラジル音楽をかなり熱心に聴いていましたから、「これ以上は無理」とブレーキをかけていたのです。


そのブレーキを「50になったら外そう」と決心したわけですが、結果的にはその時点でブレーキを外すことになりました。
予習をしておこうと軽い気持ちで手に入れた弦楽四重奏の演奏にすっかりハマってしまったのです。


私がハマったのはバッハの「フーガの技法」の弦楽四重奏版です。
これはバッハの最後の作品と言われているのですが、楽器の指定がないなど多くの謎を秘めています(最後の作品かどうかも異論があって確定していません)。


この一曲で弦楽四重奏に目覚め、ショスタコーヴィチ(19061975、旧ソ連時代の世界的な大作曲家)とバルトーク(18811945、ハンガリー出身だが、アメリカに移住)の弦楽四重奏曲に熱中していくことになります。
弦楽四重奏の入門としてもクラシック全般の入門としても相応しいとは言いかねる選択です。
私の悪い癖で(クラシックに限らず、美術にしても)系統立てて勉強することが嫌いなので、こんなことになってしまいます。


FMのクラシック番組をBGMとして流しているのですが、「おや、この曲は誰の作品だろう?」と私の耳を引き寄せるのは決まってショスタコーヴィチとバルトークでしたので、ちゃんと聴いてみたくなったのです。

さらに、多くの方が「難しい」とか「音楽になっていない」と感じている現代音楽にも興味がひろがっていきました。
特にシェーンベルク(現代音楽の父です)にはぞっこん惚れこみました。
そういう難解な音楽に抵抗を感じなかったのは、現代音楽にジャズ的な香りを感じたせいかもしれません。


それと並行して「フーガの技法」によってバッハに開眼した私は、どんどん深みにハマっていくことになります。
なにしろ「クラシックの父」バッハは作品数がべらぼうに多く、しかも重要な作品ばかりなので、まさに底無し沼にハマッたようなものです。


クラシックに興味を持った初期の段階でバッハをたくさん聴いたのは、後にモーツァルトとベートーヴェン、ブラームスなどを聴くときにとても役に立ちました。
無茶苦茶な聴き方をしてきましたが、最後にはちゃんと一本につながったわけです。

2015.09.02 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.72

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芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.72」



3年ぶりに北海道をオートバイで駆け巡ってきました。
前回は地域に根ざした美術館を勉強するために、十勝千年の森とアルテピァッツア美唄をじっくり見てきました。
私のツーリングは美術館や博物館に立ち寄りながらのスローツーリングなのですが、今回はひたすら走りつづけ、道内二泊三日の総走行距離は約
1500キロに達しました。
もっと距離を伸ばす猛者も少なくありませんが、私にとっては充分すぎるほどです。


どうしても行きたかった三国峠、納沙布岬、襟裳岬でした。
実はお天気にはあまり恵まれませんでしたが、行きたかったところへ行けたので、よしとしましょう。
ことに
20数年ぶりに再訪した納沙布岬と襟裳岬は、もう来る機会はあるまい私のオートバイライフも残すところ10年前後でしょうから)と思うと、感慨深いものがありました。
どちらも遠い道のりでした。ゲリラ豪雨にも遭遇しました。
でも、いい思い出になりました。


オートバイの旅は、炎天下では暑く、雨の中ではズブ濡れになります。
それらを通して、北の大地の息吹を全身で感じてきました(つらさを楽しむのがオートバイの極意でもあるのです)。


北海道は大自然に恵まれていますが、私たちオートバイ乗りが路上から目にする風景は人の手の入ったところです。
一見、自然のように見えて、実は先人が未開の大地を切り拓き、今の姿になったのです。
これを成し遂げた北海道の先人に私は畏敬の思いを抱きます。
もちろん、三国峠からの眺望に代表される原生林も北海道ならではのものです。


北海道はとても豊かな地です。
あの豊かさが活かされていないとしたら、それは政治に少なからず責任があるのだと思います。
道内では随所で
TPP反対の看板を目にしました。
地に足の着いた暮らしを大切にする政治であってほしいと願わずにいられませんでした。


また、北海道に限らず日本は森林資源に恵まれているにも関わらず、残念ながら充分に活用されているとはいえません。
ヨーロッパでは森林資源の活用が急速に進んでいます。
大いに見習うべきでしょう。


北海道から帰った翌週、今度は仕事で会津界隈をツーリングしてきました。
こちらは濃密な歴史と文化を味わう旅になりました。
日本は面積は狭いかもしれませんが、歴史という奥行きの深さを改めて感じさせられました。

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