最新情報・ブログ
2016.02.06 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.77

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

なお、過去のエッセイをご覧になりたい場合は、
「美術館通信」コーナーよりpdf形式でご覧ください。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.77」



石神の丘美術館ではクラシック音楽に気軽に親しんでもらうために「芸術監督講座《音楽編》」を実施しています。
今月、その第6回を
21日午後1時30分から開催します。

今回は「古楽って何?」と題して、ルネサンス音楽やバロック音楽のドアをあけてみようと思います。

古楽というのは、平たく言うと200年前から300年前の演奏のスタイルを復元する試みです。

私たちがふだん聴いているクラシック演奏は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて急速に発展したスタイルであり、たとえばバッハが活躍していた当時の演奏と現代の演奏では、使用している楽器も演奏上の様式も異なっています。
古色蒼然というイメージもあるクラシックですが、実は時代の要求に応じて演奏のスタイルは変化してきました。


古楽では、いったん絶滅したかに見えた楽器も大活躍します。
たとえばリュート
(ギターに取って代わられました)とヴィオラ・ダ・ガンバ(チェロに取って代わられました)がそうです。
これらは
19世紀半ばには表舞台から姿を消してしまいました。
ヴァイオリンも
(ちょっと見ただけではわかりませんが)細かい改良が施されて今日に至っています。

演奏の習慣や様式の違いについては少し専門的になってしまうのでここでは割愛しますが、「百聞は一見にしかず」というとおり、同じ曲を現代の演奏と古楽の演奏で訊き比べてみれば、すぐに違いがわかります。
言葉にすると、現代の演奏がこってり味なのに対して、古楽はあっさり味です。

20世紀後半に「ナチュラル」とか「シンプル」というキーワードが生活文化のあらゆる領域で広く見られるようになりましたが、古楽もそのひとつと言っていいかもしれません。

この講座ではCDを聴きながら、古楽の世界をみなさんと一緒に楽しみたいと思っています。
聴講は無料です。

2016.01.14 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.76

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.76」



明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いします。


朝日新聞土曜版〈Be〉の「作家の口福」という3回連載エッセイの最終回に「野菜の宝庫 岩手町にぜひ」と題して(このタイトルは担当編集者が付けてくれたのですが)岩手町自慢を書いたところ、町内はもとより各方面から反響がありました(盛岡の友人知人らからは「なぜ盛岡のことを書かなかったんだ!」と責められました)。

長引く景気の低迷や人口減少など、地方にとって受難の時代です。
地域の資源(資源には産業はもちろんですが、風景やそこに暮らす人々も含まれます)を活かした街づくりが地方再生の鍵を握っていると思います。
それをお手伝いする意味でも、機会があるたびに岩手町のことを宣伝していくつもりです。


資源といえば、雪も重要な資源のひとつです。

私は昨シーズンからスキーを再開しました。
雪国に暮らしているのだから、雪という資源を楽しもうと思い立ったのです(残念なことに今年は雪が少なく、
1221日の時点では夏油スキー場しかオープンしていませんが)。

スキーを再開したそもそものきっかけは、冬の運動不足の解消でした。
実際、スキーは思っていた以上にいい運動になります。
また、オートバイにもロードバイク(長距離競技用のスポーツ自転車)にも乗れない冬は私にとって憂鬱な季節でしたが、雪を待ち焦がれるという劇的な変化が起きました。
これは私の中で革命が起きたようなものです。
身体的な健康ばかりでなく、精神衛生上もスキーは有効なようです。


もともと子どものころに、学校でかなり徹底的にスキーを仕込まれましたから、私自身の中に眠っていた資源を掘り起こしたということができるかもしれません。

もうひとつ、私はギターに熱中しています。
実はこれも再開したもののひとつです。

10代半ばから20代初めにかけて私はギター中心の生活をしていましたが、大学を卒業し、東京を離れるときにギターと縁を切りました。
「これからは聴くだけにしよう」と決意したのです(今思うと、あまりに熱中しすぎて疲れたのでしょう)。


10年前、ギターを弾かなければならない事情が生じ、それが私のギター熱を再燃させることになりました。
私の中に眠っていた資源が掘り起こされたわけです。
いつかそのことは改めて書こうと思います

2015.12.12 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.75

美術館で毎月発行している小さな情報誌
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.75」



東日本大震災から4年半が過ぎた先月初旬に岩手日報社から、東日本大震災鎮魂岩手県出身作家短編集『あの日から』が刊行されました。

震災直後、同じように岩手県出身作家の短編をまとめた『十二の贈り物』(荒蝦夷刊)が出版されましたが、収録作品はすべてすでに発表されたものでした。
印税を被災者への義捐金(文化支援)に充てることが目的だったので、なるべく早く出版する必要があり、書き下ろしている時間がなかったのです。
一方、今回の『あの日から』は、ほとんどが書き下ろし作品です。

 
実は私も含めて岩手の作家たちは、東日本大震災をテーマにした作品を書いていないことがこの短編集の話が持ち上がったときに明らかになりました。
想像を超えた悲劇を目の当たりにし、それを小説というフィクションにすることに誰もがためらいを覚えていたのです。


この作品集の話をいただいたとき、私はある決意をしました。
東日本大震災を舞台にしたサスペンスを、ハードボイルドなタッチで書こうと決めたのです。


私は震災直後に東日本大震災復興支援チームSAVE IWATEに加わったので、復興支援活動の詳細を知る立場にありました。
ですから、その裏話などを小説にすることもできましたが、それは私の本来の仕事ではありません。
ミステリー作家としてエンターテインメントを書くことで私なりに東日本大震災と向き合うことにしたのです。


ある意味では、つらい道を選択しました。
あの悲劇を舞台にエンターテインメントを書いていいものかどうか、ぎりぎりまで私は悩み、逡巡し、何度も諦めかけました。
自ら高い壁をつくってしまったと、つくづく思いました。


どうにか書き上げることができたとき、私はこれまでに経験したことのない達成感を覚えました。
自ら設定した高い壁を乗り越えることができたからです。
そして、「おもしろい小説」を書いたという自負があります。
と同時に、私はこの作品を書くことで心の復興をすることができました。


もちろん、東日本大震災をテーマに「おもしろい小説などけしからん」とおっしゃる方もいるでしょう。
私自身、その葛藤に一番苦しんだ本人なのですから、よくわかります。
私はこういう形で私のつとめを果たしたと言うしかありません。


私のことはさておき、12人の作家(岩手から現役で活躍している作家がそんなにいることにも改めて驚きます)の個性が味わえる短編集です。
ぜひ手にとってご覧ください。

2015.11.14 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.74

美術館で毎月発行している小さな情報誌
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.74」



秋も深まり、オートバイとロードバイク(長距離競技用の自転車)のシーズンを終えようとしています。
オートバイを昨秋に買い換えたばかりなので、今シーズンはツーリング計画をいくつも立てましたが、なかなか時間がつくれず、結局は北海道と福島にしか行けませんでした。
県内もあちこち行きたいところがあったのですが、やはり計画倒れでした。


ロードバイクにもあまり乗れず、今年は最低記録をつくってしまいました。
それだけ忙しかったということですから、見方によっては喜ぶべきことなのかもしれません。


その一方、今年も奈良、京都、静岡、名古屋、大阪、東京それに近県の仲間たちが大勢やってきて、ツーリングやサイクリングを満喫していきました。
彼らは口々に「岩手はたとえ入県料を払ってでも走る価値がある」と言います。
日本は豊かな自然に恵まれた国ですが、それをオートバイやロードバイクに乗って楽しめる環境の整っている地域となると、実はそう多くないようです。
それに、有名な場所(たとえば箱根や日光)は休日ともなれば渋滞となり、ストレスが溜まるばかりです。
その点、岩手は交通量が少ないので、のびのびと景色を楽しむことができます。


私たちがふだん見慣れた風景でも、岩手を訪れた人たちにとっては新鮮な驚きに満ちているものです。
彼らとの小さな旅は、そんなことを教えてくれます。


かつてはこの季節になると、これから四ヶ月あまりオートバイにもロードバイクにも乗れなくなるせいで憂鬱になったものですが、去年からスキーを再開したおかげで、冬の到来を待ち焦がれて気分が浮き立つようになりました。
家にこもりがちになる冬季間の健康のために始めたスキーが、メンタルヘルスにもいい効果を及ぼしているわけです。
スポーツの効能のひとつと言っていいでしょう。

2015.10.07 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.73

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.73」



今回は音楽の中でも特にクラシックとの出会いを振り返ってみたいと思います。

40代はじめのころ、「50になったら、クラシックをちゃんと聴いてみよう」と思いました。
もともとクラシックにも興味がなかったわけではないのですが、ジャズ、ロック、ブルーズ、ブラジル音楽をかなり熱心に聴いていましたから、「これ以上は無理」とブレーキをかけていたのです。


そのブレーキを「50になったら外そう」と決心したわけですが、結果的にはその時点でブレーキを外すことになりました。
予習をしておこうと軽い気持ちで手に入れた弦楽四重奏の演奏にすっかりハマってしまったのです。


私がハマったのはバッハの「フーガの技法」の弦楽四重奏版です。
これはバッハの最後の作品と言われているのですが、楽器の指定がないなど多くの謎を秘めています(最後の作品かどうかも異論があって確定していません)。


この一曲で弦楽四重奏に目覚め、ショスタコーヴィチ(19061975、旧ソ連時代の世界的な大作曲家)とバルトーク(18811945、ハンガリー出身だが、アメリカに移住)の弦楽四重奏曲に熱中していくことになります。
弦楽四重奏の入門としてもクラシック全般の入門としても相応しいとは言いかねる選択です。
私の悪い癖で(クラシックに限らず、美術にしても)系統立てて勉強することが嫌いなので、こんなことになってしまいます。


FMのクラシック番組をBGMとして流しているのですが、「おや、この曲は誰の作品だろう?」と私の耳を引き寄せるのは決まってショスタコーヴィチとバルトークでしたので、ちゃんと聴いてみたくなったのです。

さらに、多くの方が「難しい」とか「音楽になっていない」と感じている現代音楽にも興味がひろがっていきました。
特にシェーンベルク(現代音楽の父です)にはぞっこん惚れこみました。
そういう難解な音楽に抵抗を感じなかったのは、現代音楽にジャズ的な香りを感じたせいかもしれません。


それと並行して「フーガの技法」によってバッハに開眼した私は、どんどん深みにハマっていくことになります。
なにしろ「クラシックの父」バッハは作品数がべらぼうに多く、しかも重要な作品ばかりなので、まさに底無し沼にハマッたようなものです。


クラシックに興味を持った初期の段階でバッハをたくさん聴いたのは、後にモーツァルトとベートーヴェン、ブラームスなどを聴くときにとても役に立ちました。
無茶苦茶な聴き方をしてきましたが、最後にはちゃんと一本につながったわけです。

2015.09.02 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.72

美術館で毎月発行している小さな情報誌
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.72」



3年ぶりに北海道をオートバイで駆け巡ってきました。
前回は地域に根ざした美術館を勉強するために、十勝千年の森とアルテピァッツア美唄をじっくり見てきました。
私のツーリングは美術館や博物館に立ち寄りながらのスローツーリングなのですが、今回はひたすら走りつづけ、道内二泊三日の総走行距離は約
1500キロに達しました。
もっと距離を伸ばす猛者も少なくありませんが、私にとっては充分すぎるほどです。


どうしても行きたかった三国峠、納沙布岬、襟裳岬でした。
実はお天気にはあまり恵まれませんでしたが、行きたかったところへ行けたので、よしとしましょう。
ことに
20数年ぶりに再訪した納沙布岬と襟裳岬は、もう来る機会はあるまい私のオートバイライフも残すところ10年前後でしょうから)と思うと、感慨深いものがありました。
どちらも遠い道のりでした。ゲリラ豪雨にも遭遇しました。
でも、いい思い出になりました。


オートバイの旅は、炎天下では暑く、雨の中ではズブ濡れになります。
それらを通して、北の大地の息吹を全身で感じてきました(つらさを楽しむのがオートバイの極意でもあるのです)。


北海道は大自然に恵まれていますが、私たちオートバイ乗りが路上から目にする風景は人の手の入ったところです。
一見、自然のように見えて、実は先人が未開の大地を切り拓き、今の姿になったのです。
これを成し遂げた北海道の先人に私は畏敬の思いを抱きます。
もちろん、三国峠からの眺望に代表される原生林も北海道ならではのものです。


北海道はとても豊かな地です。
あの豊かさが活かされていないとしたら、それは政治に少なからず責任があるのだと思います。
道内では随所で
TPP反対の看板を目にしました。
地に足の着いた暮らしを大切にする政治であってほしいと願わずにいられませんでした。


また、北海道に限らず日本は森林資源に恵まれているにも関わらず、残念ながら充分に活用されているとはいえません。
ヨーロッパでは森林資源の活用が急速に進んでいます。
大いに見習うべきでしょう。


北海道から帰った翌週、今度は仕事で会津界隈をツーリングしてきました。
こちらは濃密な歴史と文化を味わう旅になりました。
日本は面積は狭いかもしれませんが、歴史という奥行きの深さを改めて感じさせられました。

2015.07.19 Sunday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.71

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.71」



『岩手町町制施行60周年記念 Hokkaider 小原 信好 写真展 〜ツーリング写真家 クマさんと巡る、北海道・北東北 絶景の旅〜』が好評です。
主に北海道と北東北の風景写真からなる写真展です。
この前は古山拓さんの風景画をご覧いただきましたから、絵に続いて今度は写真による風景ということになります。


しばしば私たちは「絵になる風景」という言い方をします。
写真の場合でも「写真になる風景」があります。
おもしろいのは、「絵になる風景」と「写真になる風景」は必ずしも一致しません。
つまり、「絵画向きの風景」と「写真向きの風景」があるようなのです。
このあたりも頭の片隅に入れつつご覧いただくと、いっそう深く小原ワールドに入っていけることと思います。


小原さんの写真の大きな特徴は、旅する人の視点で撮られていることです。
ですから、特別な機材も特殊な技術も使いません。
たとえば、北海道を旅するとき、私たちも小原さんの写真と同じ風景を見ているのです。
ところが、小原さんの腕にかかると、同じ風景がまったく別の(とても素敵な)場所になってしまうのです。


もうひとつ、オートバイ乗りの視点で撮られていることも最大の特徴です。
小原さんの写真を目にしたオートバイ乗りは旅心を刺激されないではいられません。
また、小原さんの写真によって、ツーリングの思い出がよみがえることも多いです。
だから、小原さんの風景写真は日本中のオートバイ乗りに愛されているのです。


ここでお急ぎでお断りしておかなければならないことがあります。
小原さんの写真は決してオートバイ乗り向けに限定されたものではありません。


オートバイ乗りの視点で切り取られた風景写真は、風景写真の専門家が撮ったそれとは明らかに異なります。
きっと多くの方に新鮮な驚きと爽やかな印象を与えることでしょう。


話は変わりますが、岩手町の隠れた特産品にホワイトアスパラガスがあります。
とれたてのホワイトアスパラガスを一般家庭で食べている地域が果たして日本にどれくらいあるでしょうか。
ごくごくわずかだと思います。


そのホワイトアスパラガスを今年は食べずじまいでした。
というのも、そろそろ出てくるころかなと思ったときにはもう収穫時期が過ぎていたのです。
なんでも、今年は
10日以上早かったとか。

石神の丘のラベンダーも例年より10日以上早く開花しました。
また、いつもなら場所によって開花時期がずれ、その分、長く楽しめるのですが、今年はいっきに咲いてご来場者の目(と鼻)を楽しませてくれました。


ここ数年、毎年のように「今年の天気はおかしい」という声を聞きます。
野菜の収穫に大きな影響が及ばないことを祈るばかりです。

2015.06.16 Tuesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.70

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.70」



前に私の映画体験について書きましたが、今回は音楽のことです。

たいていの音楽ファンは劇的な出会いというべき音楽体験を持っているものですが、私にはそういう体験がありません。
私が育った家は大きな映画館の建物の中にあったので、四六時中、音楽(サウンドトラック)が聴こえているという特殊な環境だったのです。


洋画専門の映画館(盛岡にあった国劇)でしたから、映画音楽はもちろんですが、映画で使われていたジャズやクラシックも自然と耳に入ってきました。
後年、ジャズやクラシックに敷居の高さを感じず、親しみをもって接することができたのはそういう体験のおかげだったと思います。


ビートルズも映画で知りました。
小学生だった私はビートルズをクレイジーキャッツのようなコミックバンドだと思いこんでしまい(映画がそういう内容でしたから)、「衝撃的な音楽体験」にはなりませんでした。出会いが早すぎたともいえます。


あのころは映画館がコンサートホールの代わりに使われることもしばしばありました。
ベンチャーズなどのエレキ・インスト(テケテケですね)が大流行だったころです。
そういえば、川口のいとこがエレキギターを持っていて、とても羨ましかったのをよく覚えています。


私がギターをはじめたのは中学校に入ってからです。
もうエレキ・インストブームは去っていて、フォーク(後にニューミュージックと呼ばれるようになる)が台頭してきたころです。
高校に入るころにはロックに興味が移っていました。
それにともなって、ギターもエレキギターに変わりました。


ただ、当時はエレキギターを持っているだけで不良扱いされ、コンサートに行くことも学校で禁止されていました。
自分たちが出る自主コンサートを開催することも禁止されていましたが、もちろん、そんな規則を守っていたら今の私はなかったでしょう。


大学に入って好きな音楽活動を存分にやれるようになったとき、初めて「自由」の意味が実感できました。
この続きはいずれ改めて。

2015.05.14 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.69

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.69」



開催中の『古山拓水彩画展』(531日まで)が好評です。
ことに岩手町を描いた作品(全部で
22点。内5点は絵葉書になっています)は私たちが気付いていなかった岩手町の美しさを改めて教えてくれます。

また、おもしろいことに英国の風景もどこか岩手と重なるところがあって、親しみを覚えます(逆に岩手の風景なのに英国の風景に見える作品もあります)。
私たちにとっては馴染みのある水彩絵の具による作品であることも、この展覧会の人気の要因なのかもしれません。


ところで、古山さんが用いている絵の具は、透明水彩絵の具といって、私たちが小学校で使った水彩絵の具とはちょっとちがいます。

透明水彩絵の具による水彩画の技法が日本に入ってきたのは、油絵と同じで明治時代のことです。
改めて言うまでなく、日本には南画や大和絵、肉筆浮世絵、水墨画の伝統がありました。
水と筆は共通していましたから、特殊な画材と技法を要する油絵よりも水彩画はずっと早く広まり、一大ブームとなります。
浅井忠、大下藤次郎、三宅克己ら優れた水彩画家が誕生し、若き日の萬鉄五郎(旧東和町土澤出身)もその影響を受けます。
『銭形平次』の生みの親である野村胡堂も若いころは絵描きを目指して水彩画を盛んに描きました(紫波町の野村胡堂あらえびす記念館が作品を所蔵しています)。
水彩画ブームが地方にも及んでいたことがわかります。


話を戻します。
古山さんの水彩画も、明治期に入ってきた英国流のそれです。
けれども、構図に日本の伝統や美意識が色濃く反映されているのを感じます。
それは必ずしも意図的なものだけではなく、自然に内側から滲み出てきたものだと思います。
それが私たちをいっそう強く惹きつけるのでしょう。


実は私も手すさびに水彩画を描くことがあります。
絵の具と戯れていると「ここではないどこか」へ旅に連れていってもらったような心地になります。

2015.04.11 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.68

美術館で毎月発行している小さな情報誌
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.68」



新年度を迎えました。

昨年度、石神の丘美術館は1万8000人を超える方々に来館していただきました。
さらに、ワークショップや講座に参加された方を含めると2万人を超えます。
改めてお礼を申し上げます。


私が石神の丘美術館の芸術監督に就任した2009年(平成21年)に岩手町の人口は16000人を切りました。
現在は1万
4000人くらいです。
6年間で2000人近く減っていることになります。
そういう中で入館者数が前年を上回っているのは特筆に値します。


人口減少が全国的な問題となっていて、その有効な解決策も見出せない中、交流人口を増やすことが各市町村の重要な課題となっています。
文化施設は入館数がすべてではありませんが、石神の丘美術館は岩手町の交流人口の増加に少なからず貢献しているといっていいでしょう。


入館者の傾向を見ますと、他地域からの方はもちろんですが、町内の方のリピーターも増加傾向にあります。
このことから、町民に親しまれていることが実感できます。
また、小中学校の団体鑑賞も確実に増えています。


前にも何度か書きましたが、子どものころに美術館に連れていってもらった経験のある人は、大人になっても美術館へ行くことに抵抗を感じません。
ですから、子どものころに美術館を経験させておくことは大人のつとめだといっていいでしょう。


町制施行60周年にあたる今年度も、石神の丘美術館では盛りだくさんの企画展ならびに講座、ワークショップを予定しています。

まず今年度の幕開けは、古山拓さんの水彩画展です。
古山さんは幼いころを川口で過ごしていますから、岩手町ゆかりの画家でもあります。
古山さんはこの展覧会のために岩手町を何度か訪れ、新作を描いてくださいました。
この機会にぜひご家族そろって、お越しいただきたいと思います。

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