最新情報・ブログ
2015.01.08 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.65

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

なお、過去のエッセイをご覧になりたい場合は、
「美術館通信」コーナーよりpdf形式でご覧ください。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.65」



明けましておめでとうございます。

昨年は突然に春がやってきたと思ったら、今度は突然に夏になり、秋の到来も突然でした。
それぞれの季節を結ぶ中間がなくなったような感じがしたものです。
そして、やはり冬も突然にやってきました。


冬の間はオートバイにもロードバイク(長距離レースの競技用自転車)にも乗れないため、これまで私はまるで冬眠をしているような状態で過ごしてきたものですが、体がなまってしまうので、スキーを再開しました。

再開といっても40年近いブランクがありますから、ほぼ初心者同然です。

それでも、昔とった杵柄というのでしょうか。
ゲレンデを恐る恐る滑り下りていくあいだに、体が自然に反応していくのがわかりました。
自転車と同じで、スキーはいったん身についたら忘れないのだそうです。


とはいえ、私がスキーに熱中していた十代半ばのころとはスキー道具もテクニックも異なります。
スキースクールで一から学んでいますが、やはり「初心者同然」だと痛感させられます。


おもしろいことに、私が受講しているスキーレッスンのコーチは、ロードバイクの仲間なのです。
これはスキー場で出会って初めてわかったことで、まったくの偶然でした。


スキー板を通して伝わってくる雪面の質感やゲレンデならではの冷気に猛烈な懐かしさを覚えました。
それだけでもスキーを再開してよかったと思いました。


実は自転車もギター(バンド活動)も、20年ほどのブランクがあって40歳を過ぎてから再開しているのです。
いろいろ遠回りをして、結局、原点に戻っているような気がしないでもありません。


原点といえば、私のすべての原点は映画(それも洋画)に求めることができます。
天候が悪くてスキーに行けない休日は、
1960年代から70年代初頭にかけて公開された映画をDVDで楽しんでいます。
産業としての映画は現在のほうが盛んだと思いますが、映画が持つ力はあのころのほうが遥かに強いと感じます。


あるいは、映画に限らず、絵画だろうと小説だろうとジャズだろうと「力を持っていた時期」が過去にあり、そのおかげで今があるということができるのかもしれません。
美術館はそういったことを伝えていく使命も持っていると私は思っています。


岩手町立石神の丘美術館を今年もどうぞよろしくお願いします。

2014.11.27 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.64

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.64」



今年も残すところわずかとなりました。
私にとって今年は変化の年でした。大きなできごとが二つあったのです。


一つめは、盛岡復興支援センターのセンター長を退任したことです。
同センターは
2011711日に盛岡市によって開設されました。
一般社団法人
SAVE IWATEが運営を受託し、副代表だった私が「1年間だけ」とセンター長を引き受けましたが、結局、3年間つとめたことになります。

盛岡には東日本大震災で大きな被害を受けた沿岸から700世帯が避難しています。
その方たちの支援拠点として、センターは物資支援を皮切りに、個別訪問や情報提供、学習支援、サロン活動など多彩な支援活動を行ってきました。
これらの活動の成果として、現在までのところ盛岡では避難者の孤立死・自殺といったことが一件も起きていません。
これは特筆すべきことです。
復興にはほど遠い状況での退任でしたが、いろいろな意味で潮時を迎えたのだと思っています。


二つめはオートバイを乗り換えたことです。
復興支援センター長を辞め、ツーリングを楽しもうと思った矢先に
BMWR1150ロードスターが大きな故障に見舞われてしまいました。
小型のオートバイが1台買えるくらいの修理代がかかるため、思いきって買い換えることにしたのです。
死ぬまで乗り続けようと思っていた相棒との別れはちょっとつらいものがありましたが(なにしろ、
13年間で6万キロあまりを一緒に旅してきましたから)、これもまた潮時だったのかもしれません。

新しい相棒は白いタンクのホンダCB1100です。
私のオートバイ・ライフはあと
10年くらいでしょうから、これが最後の相棒となるでしょう。

そんなわけで、冬の一日、来年のツーリング計画をあれこれ考えて過ごしています。

2014.11.05 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.63

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.63」



読書の秋です。
若い人に読んでもらいたい本を推薦してほしいと依頼されることがよくあります。
私は意図的に「本」だけでは完結しないものを選ぶように心がけています。
たとえば、山登りの本とかオートバイに関する本などのように、読書をきっかけに実際に体験してみたくなる内容の本です。


物書きがこんなことを言ってはマズいのですが、「本を読むよりもまずオートバイに乗りなさい(あるいは、山に登りなさい)」というのが私の本音です。
読書はその後からでいいと思っています。


読書離れが社会問題のようになって久しいですが、それでは本を読まない代わりに何をやっているのでしょうか。
「音楽、あるいはスポーツに打ち込むあまり、本を読む時間がない」というのならわかります。
私たちの時間は限られていますから、当然、優先順位をつけなければなりません。
その結果、読書を後回しにすることはあるでしょう。


けれども、あくまでも「後回し」であって、読書を除外するのは問題外だと思います。
たとえば、ロックだろうとクラシックだろうと音楽をやる人にとって読書は、楽器の演奏と同じくらいに大切です。
実際、多くの一流音楽家が音楽を学んでいる学生に「楽器の演奏技術を磨くのも大切だが、まず本を読みなさい」と諭している光景を私は何度も目にしています(たとえば、ベートーヴェンを演奏するには、ベートーヴェンが生きていた時代を理解するための歴史書を読む必要があります)。


一流のスポーツマンには、歴史上の偉人の伝記や歴史小説がよく読まれているようです。
チームワークのまとめ方、作戦の立て方、精神論など参考になることがあるからでしょう。


私は音楽書や芸術書を読むのも好きですが、この場合もやはり「読む前に聴く(あるいは、読む前に観る)」が基本です。
知識を詰め込んで、頭でっかちになるための読書なんてつまらないと私は思っています。


ここ数年、私は本を読む時間がどんどん減っています。
本を読むペースも落ちました。
それでも読みたい本は増えますから、未読の本の山が高くなっていく一方です。


というわけで、本を読む時間をつくることが私のこれからの大きなテーマです。

2014.10.05 Sunday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.62

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.62」



いよいよ、『高橋克彦一人六人展』が開幕しました。
これは、今、日本で最も読まれている作家の一人である高橋克彦氏の全貌を紹介するものです。


高橋氏の作品はミステリー、怪奇小説、歴史小説、SFと多岐に渡っており、そのすべてのジャンルで文学賞を受賞なさっています。
これは実に稀なことです。
ミステリー作家、怪奇小説作家、歴史小説作家、SF作家という
4つの顔に、もともとの出発点だった浮世絵研究家の顔、さらにはプロはだしの写真家の顔(そして、真景錦絵作家の顔)を加えて「一人六人展」というわけです。

私には本展を「生きている文学館」にしたいという思いがありました。

作家を顕彰した文学館や記念館は珍しくありませんが、それらは画一的で、一度行けばもう充分というところがほとんどです。
もっとわくわくする文学館ができないだろうかと、いつも不満に思っていました。
いずれ高橋克彦文学館・記念館が実現することでしょう。
そのとき、礎になるような企画展にしたいと考えたのです。


その思いをどれだけ形にすることができたか、実はまだまだ満足していません。

たとえば、高橋氏のシングルレコードやLPレコードの大コレクションを展示できませんでした。
このコレクションは昭和歌謡史の知られざる細部から全体の流れまでカバーできるもので、氏自身の解説によるレコード・コンサートもいつも満員になる人気ぶりです。
愛煙家ならずとも興味を引くであろう、みごとなジッポーオイルライターのコレクションも展示を諦めざるを得ませんでした。
また、ご存じのように今年で第
20回をむかえる盛岡文士劇では、高橋克彦一座の座長というべき存在でもありますが、これにもあまりスペースを割くことができませんでした。

というわけで、全貌に迫ったとはとうてい言い切れないのです。

しかし、高橋氏と出会って30余年になる私でさえ、実はまだ氏の全貌をつかみきれていないというのが正直なところです。
それどころか、年を経るごとに奥行きと幅(肉体的なことではありません)を増していく高橋克彦氏に追いつくのはおろか、ますます離されていくばかりです。


進化を続ける高橋克彦氏の「生きている文学館」としての『高橋克彦一人六人展』をぜひお楽しみください。

2014.08.28 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.61

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.61」



開催中の『鎌田紀子ワールドへようこそ』展が、夏休み中の親子連れで賑わっています。

これほど幅広い年齢層の来館客を迎える企画展は石神の丘美術館でも異例のことです。

そもそも、展示内容そのものが「異例」かもしれません。
鎌田紀子さんがつくる人形は、決してとっつきのいいものではありません。
ときに「美術館がお化け屋敷になった」という声も聞かれます。

私も最初はただ不気味だとしか思いませんでしたが、今はある意味で畏敬の念をもって鑑賞しています(こうなるまでに3、4年ほどかかりましたけれども)。

日本では昔から幽霊や妖怪などの化け物が屏風絵、掛け軸、襖絵、浮世絵(版画と肉筆)の題材にされてきました。
鎌田さんの作品はその系譜につらなるものという見方もできます。
ただ、大きく異なるのは、それらが民間伝承や物語などに登場する化け物であるのに対して、鎌田さんの人形は独自のものだという点です。

鎌田さんの人形は「怖い」だけではなく、どこか「かわいい」と感じさせるところがあります。
しぐさ(ポーズ)や表情に純粋さと天真爛漫さが表れているからだと思います。

かわいいと感じたら、あともう数歩で鎌田ワールドが持つもうひとつの魅力に触れることができるでしょう。
それは、「聖人」の側面です。

鎌田さんの作品には、そこはかとない哀しみが漂っています。
私たち人間の哀しみを背負っているようにも見えますし、私たち人間の愚かさを嘲笑うのと同時に哀しんでいるようにも見えます。
それこそ聖人の姿勢にほかなりません。

美術史をひもといてみると、洋の東西を問わず、画家(日本では絵師)たちは聖人をあえて醜く描いてきました(人間を容姿で判断してはならないという戒めの意味があるそうです)。
鎌田さんの作品はその系譜にもつらなっていると思います。

鎌田紀子ワールドは、昨夏、横須賀美術館でも好評を博しています。
この機会をどうぞお見逃しなく。


2014.07.25 Friday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.60

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.60」



岩手町立石神の丘美術館の芸術監督に就任して、6度目の夏を迎えています。

私は30代半ばから40代半ばにかけて(ということは川崎市宮前区に住んでいた20年前から10年前にかけて)、日本各地に残るブナ林をオートバイで巡る旅をしたり、首都圏近郊の里山に登ったり、住まいからクルマで20分ほどの生田緑地の自然観察会に参加するなど、自然に触れることに熱中しました。
野鳥と樹木の名前はそのころに覚えたものです(といっても、どちらも10数種類しか覚えられませんでしたが)。
あのころは、あまりにも自然と乖離した都会の生活に飽き飽きしていたのだと思います。


しかし、同時にそのころの私は月に1、2回は都心の室内楽専門ホールに行き、クラシックの生演奏を熱心に聴き漁り、美術館にも週に一回は足を運んでいました。

つまり、天(あるいは神)がつくったものと人間がつくったもの(美術や音楽)の両方を貪欲に求めていたのです。

この10年あまりを振り返ると、年に2、3度の登山以外に自然と積極的に触れ合う機会はありません。
盛岡という自然に恵まれた地で暮らしているから、あえて野山に出かける必要がなくなったのかもしれません。


石神の丘美術館の芸術監督に就任したとき、ここを天(神)がつくったもの(自然)と人間がつくったもの(美術、音楽)が融け合った場にしたいと思いました。
多彩な企画展はもちろんのこと、野鳥観察会やコンサートなどの実施を通して、この5年で少しずつその思いを具体化してきました。


これはもちろん私一人の力ではなく、たくさんの方のお力添えがあってのことです。
改めて感謝したいと思います。

2014.06.11 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.59

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.59」



アメリカへ17年ぶりに行ってきました。
甥がカーネギー・メロン大学をめでたく卒業することになり、その卒業式に列席してきたのです。


史上2番目の富豪といわれる鉄鋼王アンドリュー・カーネギーと大銀行家アンドリュー・メロンの名を冠したカーネギー・メロン大学は、日本ではあまり知られていませんが、教授陣や卒業生から13名ものノーベル賞受賞者を輩出している名門私立大学で、かつて鉄鋼で栄えたピッツバーグにあります。
屋外(アメリカン・フットボールのフィールドと陸上競技のトラックを持つグランドが会場)での卒業式はなかなか盛大なものでした。
ちなみに、甥は3歳のときからハワイで育ち、アメリカの永住権も持っているので「留学」ではありません。


卒業式の間隙をぬって、カーネギー美術館でアメリカ美術と印象派のコレクションを観ることができました。
カーネギー・メロン大学は工科系大学なのに芸術学部もあり、エミー賞受賞者やアカデミー賞受賞者を輩出しています。
アンディ・ウォーホルもここの卒業生です。


4日間という短い滞在でしたが、フィラデルフィアを再訪し、フィラデルフィア美術館とペンシルベニア美術アカデミー美術館を観てきました。
どちらも日本ではほとんど観ることのできないアメリカ19世紀美術の宝庫です。
また、フィラデルフィア美術館の印象派コレクションも本国フランスを凌ぐものがあります。
印象派はフランスで受け入れられる前にアメリカで人気が高まったため、多くの傑作が海を渡って流出したのです。


アメリカ美術については芸術監督講座「絵画は何を描いてきたか」で、いつか紹介したいと思っています。

久々のアメリカで感じたのは、物価が高いことでした。
日本の1.5倍から2倍という印象です。
また、アメリカへの入国審査や空港でのセキュリティチェックはとても厳しく(全員、靴も脱がされます)、テロの脅威にさらされている国なのだと痛感させられました。


街角で地図をひろげて立っていると、「道に迷いましたか?」とか「どこへ行きたいの?」と気軽に声をかけてくるフレンドリーさは以前と同じでした。アメリカ人が持つ美点のひとつだと思います。

2014.05.03 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.58

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.58」



石神の丘美術館ではさまざまなワークショップや講座に加えて、石神の丘美術館友の会との共催でコンサートや野鳥観察会なども開催しています。

426日に今年度一回目の野鳥観察会が、日本野鳥の会の中村茂さんと柴田俊夫さんを講師にお招きして行われ、ツグミ、トラツグミ、ヒヨドリ、シジュウカラ、ゴジュウカラ(声のみ)、ヒガラ、ウグイス(声のみ)、メジロ、カワラヒワ、アカゲラ(声のみ)、アオゲラ(声のみ)、エゾムシクイ(声のみ)、アカハラ、エナガ、シメ、マミチャジナイ、ハシブトガラス、そして何とオオルリをゆっくり観察することができました。

およそ1時間半(万歩計を付けていた方によると、およそ5000歩)の散策で、これだけの種類の野鳥と出会える場所はそう多くありません。
私は念願のオオルリと会えたので感激もひとしおです。
石神の丘で声だけは前から耳にしたことがあるのですが、ようやく観察できました(残念ながら写真は撮れませんでしたが、目にしっかりと焼きついています)。


オオルリはその名の通り、瑠璃色(鮮やかな青)の小鳥で、鳴き声が美しいことでも知られています。
人気が高いため、違法に捕獲されて減少し、各地で絶滅危惧種に指定されています。


石神の丘にはシラネアオイの小さな群落もあり、ちょうど紫色の花をたくさん咲かせていました。
これも心ない愚か者による盗掘が絶たないため、各地で絶滅危惧種に指定されています。


お金には替えられない貴重なシラネアオイやオオルリに、偶然とはいえ、ごく短時間の間に私たちは出会うことができました。

しかし、これらはその価値を知る人にとってのみ大切なのでしょうか。

実はそうではありません。
オオルリが住めない環境やシラネアオイが自生できない環境は、人間にとっても住みにくい環境だといえるでしょう。


つまり、自然を守るということは、結局のところ、私たち自身に帰ってくることなのです。

 

2014.04.02 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.57

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.57」



絵画やクラシック音楽などの芸術はスルメのようなものだと思います。
これに対して、コミックやポップスはチューインガムです。


チューインガムは口に入れて噛んだとたんに子どもから大人まで、ほとんどの人が「甘くておいしい」と思うでしょう。
ところがスルメはそうはいきません。
固くて噛むのに疲れますし、味だってそう簡単にはわかりません。
ところが、大人になると(特に飲んべえにとっては)こんなにおいしいものはない、ということになります。


チューインガムは(このごろのは長持ちするといっても)数分後には味がなくなってしまい、その後はゴミになるだけですが、スルメは噛めば噛むほど味わい深くなり、味がなくなった後は飲み込んでしまえます(栄養にもなるはずです)。

つまり、誰にでもすぐにわかるチューインガムと違って、スルメの味がわかるには年季のようなものが必要だといっていいと思います。

ここでいう年季とは、積み重ねのことです。
音楽や美術作品を、自分の目と耳から何度も繰り返して吸収することです。
そのうえで必要に応じて本を読んだり、講座に通ったりすると、より楽しめるようになります。


ある段階を超えると、音楽を聴いたり絵画を観たりすることで、栄養を得られるようになります。
もちろん、精神の栄養なのですが、体に血肉となって吸収されていくように感じられます。
その意味でもスルメと似ています。美術館やコンサートホールはスルメだと思ってください。


もしチューインガムで栄養を得られるとしたら、それはそれで効率がよく、羨ましいと思います。
私には真似ができませんけれど。

2014.03.04 Tuesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.56

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.56」



たまには映画の話を書きましょう。

私は十代半ばまで映画館で育ちました。
これは比喩ではなく、父が勤めていた国劇という映画館の中に自宅があったのです。
だから、私はテレビよりも映画を観て育ちました。


洋画専門の映画館だったので、子どものころからフェリーニ(『甘い生活』など歴史的な名画を残した巨匠で、多くの映画監督に影響を与えています)や007シリーズなどが好きでした。
今思うと、かなり早熟というか、ませた子どもだったようです。
なにしろ、小学生のくせに、ミレーヌ・ドモンジョやカトリーヌ・ドヌーヴに憧れていたのですから。


いろいろな知識を外国映画から得ました。
たとえば、クルマ。
私が小学生のころの盛岡では輸入車がまだ珍しく、フォルクスワーゲン・ビートルを見かけると大喜びをしたくらいでした。
そんな時代ですから、ロータスやシトロエンという名前を知っているだけでも友人たちから尊敬されたものです。


オートバイや音楽が好きになったのも明らかに映画の影響ですし、そもそも小説を書くようになったのも、こういう環境の賜物だったと思っています。

今でも年におよそ30本ほどの映画を観ます(ほとんどが洋画です)。
DVDやテレビで観たものは数に入れません。
映画は劇場で観るものだからです。
ジャズだろうとクラシックだろうと生で聴くコンサートにCDが絶対にかなわないのと同じように、映画は映画館の暗がりの中で大勢の観客と一緒に観てこそ、本当の魅力に浸れるのです。


もっとも、映画館がたくさんある盛岡ならともかく、多くの市町村では映画館で映画を観ることが難しいのが実情です。
岩手町ではプラザあいでときどき映画を上映しています。
とてもいいことだと思います。
同じ空間で、一緒に笑ったり泣いたりするのが映画の大切な「力」なのですから。

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