最新情報・ブログ
2013.12.01 Sunday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.53

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

なお、過去のエッセイをご覧になりたい場合は、
「美術館通信」コーナーよりpdf形式でご覧ください。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.53」



しばしば私たちは「日本は長い歴史を持つ国」といいます。
それは確かにそのとおりなのですが、その長い歴史の中で生まれてきた芸術文化に私たちはどれだけ触れているでしょうか。


恥をしのんで告白しますと、私は『源氏物語』を読んだことがありません。
『源氏物語』を原文で読んで理解することは私の能力では不可能です(素晴らしい意訳もたくさん出版されていますが)。
なにしろ日本語は時代によって大きく変化しているので、江戸時代のものさえ読むのに苦労します。


西行は好きで『新古今集』などをたまにひっぱりだしています。
ただ、今は使われていない大和言葉に、異国情緒にも似た印象と憧憬を覚えるのですから屈折しています。


音楽に目を(耳を?)転じると、長唄、義太夫、宮廷音楽というべき雅楽など多彩な伝統音楽があるのですが、私が日常的に聴いているのはクラシックやジャズなどです。

日本の美術作品に触れる機会もそう多くはありません。
おそらく印象派の展覧会のほうが日本画の展覧会よりも多いでしょう。


こうして見ると、日本という国は不思議な国だと思ってしまいます。
「アメリカは日本に比べると歴史が浅い」と平気で口にする割に、基本的にはアメリカの芸術文化の中で生活しているのですから。


それはともかく、今年は日本画を観る機会に恵まれました。
伊藤若冲を「東日本大震災復興支援『若冲が来てくれました』プライスコレクション 江戸絵画の美と生命」展(岩手県立美術館)と、「ファインバーグ・コレクション展 江戸絵画の奇跡」(江戸東京博物館)という二つの大きな展覧会で観られましたし、「竹内栖鳳展 −近代日本画の巨匠−」(東京国立近代美術館)と「横山大観展 −良き師、良き友」(横浜美術館)で東西の両巨匠の作品を観ることができました。
また、大観らを育てた橋本雅邦にスポットを当てた「狩野派と橋本雅邦−そして、近代日本画へ」展(埼玉県歴史と民俗の博物館)も大きな収穫でした。


若冲の優れた作品が残念なことに日本ではなく、アメリカにあることが上記二つの企画展によって明らかです。
「本格的に日本美術を勉強しようと思ったら、アメリカに留学しなければならない」と聞いたことがあります。
若冲に限らず、優れた日本美術が、明治以降、大量にアメリカに流出したことを物語っています。


改めて考えると、明治は日本美術が国外に流出しただけではなく、日本古来の文化も失った時代でした。

2013.11.07 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.52

美術館で毎月発行している小さな情報誌
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.52」



クラシックのコンサートには何かと「決まりごと」が多いです。
何かの都合で会場に遅れて着いたとします。
案内係の方から「この曲(あるいは、この楽章)が終わるまでお待ちください」とドアの前で待たされ、曲が終わるとようやく入れてもらえます。
これなどはほかの聴衆の迷惑にならないためでもあって、納得できる決まりごとといえるでしょう。


今ひとつよくわからないのは、楽章間の拍手が禁じられていることです。

クラシック音楽は交響曲でも協奏曲でも室内楽の作品でも、そのほとんどは複数の楽章から成り立っています。
たとえば、『運命』という題名で知られるベートーヴェンの交響曲第5番は、4つの楽章で構成されています。
馴染み深い「ダダダダーン!」で始まる第1楽章が終わったとき、つい拍手をしてしまいそうになりますが、現在のクラシックコンサートではその後に続く第2楽章、第3楽章、そして第4楽章とすべての楽章を聴き終えてから拍手をする決まりになっています。


拍手のタイミングがよくわからない、という方も少なくないと思います。
一番確実なのは、背中を向けてオーケストラを指揮していた指揮者が客席に向き直ったときに拍手をすればよいのです。


指揮者のいない室内楽の場合は、演奏家が立ち上がったときに拍手をします。

クラシックファンの中には、演奏が終わるのと同時に拍手することに命をかけているような人もいますが、恥ずかしいことなので決して真似をしないでください。
音楽の響きを充分に味わってから拍手を送るのが最大の礼儀でしょう。


すべての楽章が終わるまで拍手をしないことを「現在の決まり」と書いたのにはわけがあります。
このルールができたのは
20世紀に入ってからのことで、それ以前は楽章間どころか演奏中であっても、いいところがあると盛大な拍手が起きたのです。
その伝統は今でもバレエとオペラに見ることできます。
別の言い方をするなら、演奏中に拍手が起きないような曲は失敗作ということになります(モーツァルトは姉への手紙に、拍手で演奏が聴こえなくなるほどだったと喜びを書き綴っています)。


ですから、たいていの曲の第1楽章は、盛り上がって終わります。
つまり、作曲家は拍手が来るように意図してつくったのに、現代の我々はそれに対して拍手をしてはならないという決まりに縛られていることになります。


それもこれも演奏家の集中力を切らせないためなのです。
拍手をしたい気持ちを抑え、その分、拍手すべきところで盛大な拍手を送りましょう。
いい演奏を聴くためにも最低限の決まりごとは頭に入れておきたいものです。

2013.10.01 Tuesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.51

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.51」


台風18号で被災したみなさまにお見舞い申し上げます。
8
月の県央大雨災害の復旧もままならないところに追い打ちをかけるような台風でした。

「このごろの天気はおかしい」と、数年前からよく耳にします。
数十年あるいは数百年に一度あるかないかの猛暑、大雪、激寒、大雨などを私たちはここ数年のうちに経験しました。

これを「気候変動」といいます。
これは地球が
1000年とか10000
年単位で年間平均気温が上下動する「気候変化」という自然現象と区別しています。

つまり、気候変動は私たちの生活によって引き起こされている現象なのです。
日本では「地球温暖化」と呼ばれている現象が、気候変動の原因です。

地球温暖化というと「こんなに寒くて、大雪なのに、温暖化はおかしい」という誤解を生むので、欧米では地球温暖化とはいわず、気候変動のほうが一般的です。
日本でも早く気候変動という用語を一般化するほうがいいと思います。

1980
年代のアメリカでは竜巻、旱魃、大雨などによる農業被害が急激に増え、保険会社が経営の危機を迎えます(アメリカでは自然災害による農畜産被害の保険制度が発達していました)。
そこで、「なぜ自然災害が急に増えたのか」と、あらゆる研究機関が原因究明に乗り出しました。
その過程で、地球の平均気温が急激に上昇していることが明らかになりました。
これが気候変動(異常気象)の原因だったのです。

1000年とか10000
年という長い時間経過による気候変化なら地球はついていくことができます。
が、
100
年という短い期間での変化に地球はついていくことができません。
氷河の消失、海面上昇、動植物の生息域の変化と生態系の破壊などが連鎖的に起きています。

さて、次の問題は「平均気温が上昇している原因」でした。
これはやがて、大気中の二酸化炭素の量が
19
世紀以降になって急増していることが判明するとともに、地球温暖化の原因と考えられるようになりました。

大気中に二酸化炭素が増えはじめたのは、私たちの生活のあり方と密接に関係しています。
石炭や石油の消費量と大気中の二酸化炭素の量はみごとに一致しているのです。

私たちはこれまで気候変動(地球温暖化)をどこか遠い国の話と思いがちでした。
でも、岩手県にも甚大な被害をもたらした大雨や暴風(竜巻)も、間接的に私たちの暮らしが引き起こした現象だとしたらどうでしょう?
もう遠い国のできごととは言っていられませんよね。


2013.09.08 Sunday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.50

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.50」


8月第1週の週末、八幡平アスピーテラインを自転車で上ってきました。
自転車といっても、長距離レースで使われるロードバイクという特殊なものでママチャリとはずいぶん違います。
直径が大きくて細いタイヤと、軽い車重(ママチャリの半分くらい)が特徴です。
もっとも、自転車であることに変わりはありませんから、エンジン付きの乗り物と違って、自分の力以上の力は出ません(これが自転車のいいところです)。

盛岡の中心部から見返り峠の駐車場までおよそ60キロという長い距離に加えて、最大斜度が10
パーセントという驚異的な上り坂のある八幡平アスピーテライン越えは、ロードバイク乗りにとって挑戦しがいのある大きな目標です。

私は4
年前の夏に初挑戦し、完走しました。
といっても、途中で何度か休憩をはさみました。
一緒に行った仲間の中には一度も足を地面に着かずに上りきった猛者もいます。
二度目の挑戦となる今回は「足を着かない」ことを密かな目標としましたが、これはまったく無理でした。

自分の力で上った見返り峠からの眺望はどんな名画も及ばないほど美しく、荘厳で、崇高でした。お天気に恵まれて盛岡は暑くなった日ですが、八幡平頂上付近は20
℃に達しなくて、汗が引くと体がどんどん冷えていきました。

見返り峠から秋田側に下り、銭川温泉で一泊。翌日は鹿角、安比、西根を通って帰ってきました。
これも
100
キロを越えるコースです。
前日に八幡平を越えているため体力もかなり消耗していますから、気力で走りきったようなものです。

一緒に行った仲間の中で、私は2
番目の年長者でした。
最年長は私のロードバイクの師匠で、もう
70
歳になろうとしています。
師匠の走りに私はまだまだかないませんが、そのことを喜んでいる自分がいました。

いつか師匠と岩手町をサイクリングしたいと思っています。


2013.07.27 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.49

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.49」


私は十代のころに『真夏の夜のジャズ』というドキュメンタリー映画と出会いました。
私はその映画にずいぶん影響を受けました。
ジャズをちゃんと聴くようになったのは、もしかするとあの映画のせいかもしれません。

ジャズ講座を開いてほしいというリクエストがありました。
そういえば、昨年はクラシック講座(入門編)を開きましたが、
ジャズ講座はまだ開いていません。
書店に行くと、ジャズのおすすめのCDをまとめたガイドブックや
入門書類がたくさん並んでいます。
ジャズに興味を持っている方がそれだけ多いのでしょう。

「ジャズを聴いてみたいけれど、なかなか聴く機会がない。
だから、講座で聴きたい」という方も少なくないようです。
確かにテレビやラジオからジャズが流れてくることはほとんどありません。
でも、巷でジャズを耳にする機会はけっこうあるのです。
居酒屋さん、お蕎麦屋さん、ラーメン屋さん、文房具屋さんなど
あらゆるところでBGMとして流れています。
それを「ジャズだ」と意識できるかどうかで違うのです。

もちろん、BGMはあくまでもBGMでしかありません。
ちゃんとジャズを聴こうと思ったら、お蕎麦屋さんではなく、
ジャズ喫茶のようなところに行かなければなりません。
ところが、ジャズ喫茶もめっきり減ってしまいました。
私が二十歳前後のころ、盛岡にはジャズ喫茶が
5軒か6軒ありました。今は2
軒だけです。
これは何も盛岡だけの話ではなく、東京などの大都市も含めて全国的な傾向です。

つまり、ジャズを聴きたくても聴ける場所がなくなってきているのです。
ジャズ講座が求められる理由がわかるような気がします。

ただ、ジャズはきちんと膝を揃えて聴いても少しも楽しくありません。
やはり、お酒のグラスを手にしていないとジャズに対して失礼というものです。
お酒が無理なら、おいしいコーヒーくらいはほしいですね。
そんなジャズ講座を開いてみたいと構想を練っているところです。


2013.06.20 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.48

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.48」


自分ではまったく予期していなかったものに惹かれてしまうことがあります。
言うならば、一目惚れみたいなものです。

私にとっては水墨画がそうでした。
出会った瞬間に一目惚れをし、当時暮らしていた東京都内はもちろん、
京都や富山にも水墨画を観るためにオートバイを飛ばしました。
今から
15年ほど前、40
歳になったころのことです。

おそらく、年齢のせいもあるのでしょう。
どこかで水墨画を目にしているはずなのに、それまでは目に入りませんでした。
きっと印象派や
20世紀フランス美術を追いかけまわすので精一杯だったのです。
色彩あふれるそれらの絵に慣れた目に、
墨の濃淡だけで描かれた独特の理想風景画(山水画)は止まることがありませんでした。

40
歳を過ぎて、私も「枯れた」味わいが心にひっかかるようになりました。
クラシックの弦楽四重奏を盛んに聴くようになったのもそのころでした。
だから、私の中でベートーヴェンやショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は、
雪舟や雪村らの水墨画と何の違和感もなく、交わっているのです
(後に政治学者の故丸山真男が「弦楽四重奏は水墨画のようなもの」と述べていたことを知りました)。

水墨画は実は不自然な絵です。
なぜなら、私たちは世の中をフルカラー(総天然色)で見ているのに、
水墨画はモノクロ(墨の濃淡)で描いています。
そして、江戸時代以前の水墨画の多くは、実際には存在しない風景(理想風景)を描いています。
やがて、現実の風景をもとにした水墨画も登場しますが、
写生ではなくて、それを描いた絵師(画家)の心の中の風景なのです。
それは印象派を連想させます。

現代を生きる私たちはバロック美術も印象派も知った上で水墨画を観ます。
水墨画も昔のままでいいわけがありません。

本場の中国で水墨画の研鑽を積み、日本を拠点に活躍している王子江さんの作品は、
まさに現代を生きる我々に向けて描かれた水墨画と言っていいでしょう。

王さんの作品を観たとき、久しぶりに私は一目惚れをしていました。
そして、王さんと初めて出会ったとき(そのときはまだ当館で展覧会を開くことに
なるとは思ってもいませんでした)、運命的な出会いと感じたことを明記しておきたいと思います。

『王子江展』では、きっとたくさんの方が私のように一目惚れに陥ることでしょう。


2013.05.11 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.47

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「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.47



台湾へ行ってきました。

第一の目的は台北とその近辺に残る近代化遺産の見学です。
台北では総督府など日本の統治時代の建造物が保存活用されていました
(日本統治の痕跡を残さないように取り壊してきた韓国とはこの点が異なります)。
また、台北市内からバスで
1時間半あまりの金瓜石鉱山、台北駅から鉄道(MRT)で
1
時間あまりの北投温泉にも日本統治時代の建物が史跡として保存管理されていました。

第二の目的は、国家災害防救科技中心センター訪問です。
台湾は日本と同じように地震と台風の多い国で、数年おきに大きな被害を受けています。
中でも
1999921日の集集大地震は2400
名を超える死者を出し、
復興にも長い時間と巨額の予算を必要としました。
陳主任から伺ったお話は東日本大震災の復興にも重なるところが多く、
大災害からの復興の難しさを感じました。

ここまでは私が理事をつとめているNPO法人いわて景観まちづくりセンター
(理事長は岩手大学農学部の三宅諭准教授)のメンバー
10
名と同行した視察です。
彼らが帰国した後、私はひとり台湾に残って、
台湾で一番大きな湖である日月潭を一周するサイクリングをしてきました。
自転車は日月潭にあるGIANT(質量ともに世界最大の自転車メーカー)の
サイクルステーションでロードバイク(長距離競技用のスポーツ自転車)を借りました。
これが第三の目的ですが、私としてはメインイベントでした。

台湾の人々はとても親日的です。
日本による統治が台湾に近代化をもたらしたことに感謝の念を抱いているのだそうです。
また、こんにちの経済的な関係が、政治の壁を超えて両国の友好を深めています。

旅の間、2009
年に行った北京・上海としばしば比較していました。
結論から言うと、台湾と中国(正式には中華民国と中華人民共和国)は似て非なる国です。
一番の違いは国民性でしょう。
北京と上海の人には申し訳ないのですが、台北の人のほうが
ソフィストケイトされていて(民度が高いという言い方をしてもいいでしょう)、
私たち日本人と似ている部分が多いと感じました。
食べ物もおいしく、まったく飽きませんでした。
長旅ではこれが何よりですよね。


2013.04.15 Monday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.46

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.46



山や田畑を覆っていた雪が日に日に消えていくのを見て、
明けない夜がないのと同じように冬も必ず終わりを迎えるのだと、
あたりまえのことを再確認しました。
今年の冬は寒さも雪の量も半端ではなかったので、
春の訪れがいつにも増してありがたく感じられます。

4
月から新年度になりました。
この「年度」というユニークな制度のおかげで、
私たちはお正月と合わせて
1年に2度も新たな気持ちに切り換えることができます。

岩手町立石神の丘美術館も新年度を迎えました。
これからの
10年先、20年先を見据えつつ
魅力的な美術館作りに励んでいこうと決意を新たにしています。

今年度も充実した企画展を予定しています。
今まで美術館に足を運んだことがない方にもお越しいただけるように
私たちは常に考え、努力しています。
みなさんご自身の目でそれを確かめていただければ嬉しいです。

そして、ぜひお子さん連れでお越しください。
大人にわからないものが子どもにわかるわけがない(大人が楽しめないものは
子どもにもわからない)と思いがちですが、これは間違いです。
子どもたちは大人とはまったく異なった目を持っています。
その目は感性ともいいます。
子どもの感性を育てるのは親としての当然のつとめですから、
美術館へ連れて行くことは親の義務といっても過言ではありません。

また、学校の先生方にも同様のお願いをしたいと思います。
美術館に行くことは美術の授業にとどまらず、
切り口によって社会の勉強にも、理科の勉強にも、国語の勉強にもなります。
まず学校の先生方にこのことを理解してほしいと願っています。
石神の丘美術館ではご要望のある学校にこちらから出向いていって、
解説や講座などを行なう計画も立てています。
詳細は改めて紹介させていただきますので、どうぞお役立てください。


2013.03.09 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.45

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.45」


子どもは絵を描くことが好きです。
まだ言葉を話せない時期から、クレヨンなどを手にすると、
あたりかまわず盛んに何かを描きはじめます。

たいていの家庭ではある時期からお絵描きの道具を与えなくなってしまいます。
子どもの興味が、ほかのこと(玩具であることが多いわけですが)に移るからです。

私の場合、両親が共働きだったので、
子どものころから紙と色鉛筆やクレヨンなどを与えられ、それで一人で遊んでいました。
小学生のころは字を書く時間よりもずっと長く絵を描いていたように思います。
絵といっても漫画のようなものです。

もし、あのまま絵を描きつづけていたら……と想像することがあります。
もちろん絵描きにはなれなかったでしょうけれど、いい趣味を持つことにはなっていたでしょう。

それはともかく、絵を描くという行為は人間の本能なのではないでしょうか。
人類最古の洞窟壁画は
32000
年前(旧石器時代)のものといわれています(フランス南部ショーヴェ洞窟)。
まだ人類が言語を持っていなかったころに、悪戯書きではなく、
芸術作品といってもいい絵が描かれていたのです。
そして、そんなころから私たち人類は連綿と絵を描きつづけてきているわけです。

絵を描くことが本能であるのと同時に、絵を観ることも本能なのかもしれません。
なぜなら、観る人がいるからこそ絵は描かれつづけてきたのですから。

私たちは誰もがみんな、悪戯書きだったにしろ何にしろ、絵を描きました。
けれども、成長という時間の流れがその本能を忘れさせてしまいます。

ふだんはまったく気にかけることなどない「絵」を、たまたま何かのきっかけで観たとき、
その本能が、あるいは本能の記憶がよみがえることがあります。
うまく本能をよみがえらせることができた人は、
おそらくそれまでよりも何倍も豊かな人生を歩むことができるでしょう。

石神の丘美術館が少しはそのお役に立てるかもしれません。


2013.02.06 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.44

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.44」


昨年の〈イシビ〉10月号に、『クラシック音楽 はじめの一歩』と題した
講演について紹介したところ、思いがけず、たくさんの方にお集まりいただきました。
遅ればせながら、お礼を申し上げます。
クラシック音楽に興味を持つ方が多いことを改めて認識したしだいです。

私は音楽の専門教育を受けたことはなく、単なる音楽好きのひとりにすぎません。
ですから、クラシック音楽を歴史的あるいは体系的にきちんと聴くということもしてきませんでした。
そのため、私が聴いている(あるいは、聴いてきた)クラシック音楽はとても偏っています。

なにしろ、クラシック音楽は
300
年間以上の歴史があり、どの時代にも聴くべき作品があります。
また、地域もヨーロッパ全土に及びます。
日本ではドイツ音楽がよく聴かれていますが、
フランス、イタリアはもちろん、ポーランドなどの東欧諸国、
スウェーデンなどの北欧諸国、そして旧ソ連も含むロシアにも聴くべき作品があります。
それぞれの音楽にもお国柄(民族性)があり、いったんのめりこんだら底無し沼のようなものです。

そんな中で私が特に好きなのは、イギリスの近現代音楽です。
イギリスはヨーロッパ大陸から離れた島国なので、
ドイツ中心だったヨーロッパ大陸の音楽の流れとは違った発展をしてきました。
難解な現代音楽はイギリス音楽にはあまりありません。

日本人の耳に馴染みやすい旋律を持っているのもイギリス音楽の特徴です。
これにはちゃんとした理由があります。
明治時代に西洋音楽を導入する際、日本の音楽の旋律がイギリス音楽と似ていることに注目し、
イギリス音楽を積極的に導入したのです。
たとえば、私たちが日本の唱歌として親しんでいる「埴生の宿」、「蛍の光」、「仰げば尊し」、
「大きな栗の木の下で」はイギリスの音楽です。

これほど日本に近い存在のイギリス音楽ですが、
イギリスのクラシック音楽はあまり聴かれていません。
『惑星』だけで知られているホルストは別格として、ブリテン、エルガー、
ヴォーン・ウィリアムズ、ブリッジ、ウォルトン、グレインジャー、アーノルド、ディーリアスなど、
もっと聴かれてもいい作曲家がたくさんいるのに残念です。


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