最新情報・ブログ
2013.07.27 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.49

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

なお、過去のエッセイをご覧になりたい場合は、
「美術館通信」コーナーよりpdf形式でご覧ください。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.49」


私は十代のころに『真夏の夜のジャズ』というドキュメンタリー映画と出会いました。
私はその映画にずいぶん影響を受けました。
ジャズをちゃんと聴くようになったのは、もしかするとあの映画のせいかもしれません。

ジャズ講座を開いてほしいというリクエストがありました。
そういえば、昨年はクラシック講座(入門編)を開きましたが、
ジャズ講座はまだ開いていません。
書店に行くと、ジャズのおすすめのCDをまとめたガイドブックや
入門書類がたくさん並んでいます。
ジャズに興味を持っている方がそれだけ多いのでしょう。

「ジャズを聴いてみたいけれど、なかなか聴く機会がない。
だから、講座で聴きたい」という方も少なくないようです。
確かにテレビやラジオからジャズが流れてくることはほとんどありません。
でも、巷でジャズを耳にする機会はけっこうあるのです。
居酒屋さん、お蕎麦屋さん、ラーメン屋さん、文房具屋さんなど
あらゆるところでBGMとして流れています。
それを「ジャズだ」と意識できるかどうかで違うのです。

もちろん、BGMはあくまでもBGMでしかありません。
ちゃんとジャズを聴こうと思ったら、お蕎麦屋さんではなく、
ジャズ喫茶のようなところに行かなければなりません。
ところが、ジャズ喫茶もめっきり減ってしまいました。
私が二十歳前後のころ、盛岡にはジャズ喫茶が
5軒か6軒ありました。今は2
軒だけです。
これは何も盛岡だけの話ではなく、東京などの大都市も含めて全国的な傾向です。

つまり、ジャズを聴きたくても聴ける場所がなくなってきているのです。
ジャズ講座が求められる理由がわかるような気がします。

ただ、ジャズはきちんと膝を揃えて聴いても少しも楽しくありません。
やはり、お酒のグラスを手にしていないとジャズに対して失礼というものです。
お酒が無理なら、おいしいコーヒーくらいはほしいですね。
そんなジャズ講座を開いてみたいと構想を練っているところです。


2013.06.20 Thursday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.48

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.48」


自分ではまったく予期していなかったものに惹かれてしまうことがあります。
言うならば、一目惚れみたいなものです。

私にとっては水墨画がそうでした。
出会った瞬間に一目惚れをし、当時暮らしていた東京都内はもちろん、
京都や富山にも水墨画を観るためにオートバイを飛ばしました。
今から
15年ほど前、40
歳になったころのことです。

おそらく、年齢のせいもあるのでしょう。
どこかで水墨画を目にしているはずなのに、それまでは目に入りませんでした。
きっと印象派や
20世紀フランス美術を追いかけまわすので精一杯だったのです。
色彩あふれるそれらの絵に慣れた目に、
墨の濃淡だけで描かれた独特の理想風景画(山水画)は止まることがありませんでした。

40
歳を過ぎて、私も「枯れた」味わいが心にひっかかるようになりました。
クラシックの弦楽四重奏を盛んに聴くようになったのもそのころでした。
だから、私の中でベートーヴェンやショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲は、
雪舟や雪村らの水墨画と何の違和感もなく、交わっているのです
(後に政治学者の故丸山真男が「弦楽四重奏は水墨画のようなもの」と述べていたことを知りました)。

水墨画は実は不自然な絵です。
なぜなら、私たちは世の中をフルカラー(総天然色)で見ているのに、
水墨画はモノクロ(墨の濃淡)で描いています。
そして、江戸時代以前の水墨画の多くは、実際には存在しない風景(理想風景)を描いています。
やがて、現実の風景をもとにした水墨画も登場しますが、
写生ではなくて、それを描いた絵師(画家)の心の中の風景なのです。
それは印象派を連想させます。

現代を生きる私たちはバロック美術も印象派も知った上で水墨画を観ます。
水墨画も昔のままでいいわけがありません。

本場の中国で水墨画の研鑽を積み、日本を拠点に活躍している王子江さんの作品は、
まさに現代を生きる我々に向けて描かれた水墨画と言っていいでしょう。

王さんの作品を観たとき、久しぶりに私は一目惚れをしていました。
そして、王さんと初めて出会ったとき(そのときはまだ当館で展覧会を開くことに
なるとは思ってもいませんでした)、運命的な出会いと感じたことを明記しておきたいと思います。

『王子江展』では、きっとたくさんの方が私のように一目惚れに陥ることでしょう。


2013.05.11 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.47

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.47



台湾へ行ってきました。

第一の目的は台北とその近辺に残る近代化遺産の見学です。
台北では総督府など日本の統治時代の建造物が保存活用されていました
(日本統治の痕跡を残さないように取り壊してきた韓国とはこの点が異なります)。
また、台北市内からバスで
1時間半あまりの金瓜石鉱山、台北駅から鉄道(MRT)で
1
時間あまりの北投温泉にも日本統治時代の建物が史跡として保存管理されていました。

第二の目的は、国家災害防救科技中心センター訪問です。
台湾は日本と同じように地震と台風の多い国で、数年おきに大きな被害を受けています。
中でも
1999921日の集集大地震は2400
名を超える死者を出し、
復興にも長い時間と巨額の予算を必要としました。
陳主任から伺ったお話は東日本大震災の復興にも重なるところが多く、
大災害からの復興の難しさを感じました。

ここまでは私が理事をつとめているNPO法人いわて景観まちづくりセンター
(理事長は岩手大学農学部の三宅諭准教授)のメンバー
10
名と同行した視察です。
彼らが帰国した後、私はひとり台湾に残って、
台湾で一番大きな湖である日月潭を一周するサイクリングをしてきました。
自転車は日月潭にあるGIANT(質量ともに世界最大の自転車メーカー)の
サイクルステーションでロードバイク(長距離競技用のスポーツ自転車)を借りました。
これが第三の目的ですが、私としてはメインイベントでした。

台湾の人々はとても親日的です。
日本による統治が台湾に近代化をもたらしたことに感謝の念を抱いているのだそうです。
また、こんにちの経済的な関係が、政治の壁を超えて両国の友好を深めています。

旅の間、2009
年に行った北京・上海としばしば比較していました。
結論から言うと、台湾と中国(正式には中華民国と中華人民共和国)は似て非なる国です。
一番の違いは国民性でしょう。
北京と上海の人には申し訳ないのですが、台北の人のほうが
ソフィストケイトされていて(民度が高いという言い方をしてもいいでしょう)、
私たち日本人と似ている部分が多いと感じました。
食べ物もおいしく、まったく飽きませんでした。
長旅ではこれが何よりですよね。


2013.04.15 Monday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.46

美術館で毎月発行している小さな情報誌
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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.46



山や田畑を覆っていた雪が日に日に消えていくのを見て、
明けない夜がないのと同じように冬も必ず終わりを迎えるのだと、
あたりまえのことを再確認しました。
今年の冬は寒さも雪の量も半端ではなかったので、
春の訪れがいつにも増してありがたく感じられます。

4
月から新年度になりました。
この「年度」というユニークな制度のおかげで、
私たちはお正月と合わせて
1年に2度も新たな気持ちに切り換えることができます。

岩手町立石神の丘美術館も新年度を迎えました。
これからの
10年先、20年先を見据えつつ
魅力的な美術館作りに励んでいこうと決意を新たにしています。

今年度も充実した企画展を予定しています。
今まで美術館に足を運んだことがない方にもお越しいただけるように
私たちは常に考え、努力しています。
みなさんご自身の目でそれを確かめていただければ嬉しいです。

そして、ぜひお子さん連れでお越しください。
大人にわからないものが子どもにわかるわけがない(大人が楽しめないものは
子どもにもわからない)と思いがちですが、これは間違いです。
子どもたちは大人とはまったく異なった目を持っています。
その目は感性ともいいます。
子どもの感性を育てるのは親としての当然のつとめですから、
美術館へ連れて行くことは親の義務といっても過言ではありません。

また、学校の先生方にも同様のお願いをしたいと思います。
美術館に行くことは美術の授業にとどまらず、
切り口によって社会の勉強にも、理科の勉強にも、国語の勉強にもなります。
まず学校の先生方にこのことを理解してほしいと願っています。
石神の丘美術館ではご要望のある学校にこちらから出向いていって、
解説や講座などを行なう計画も立てています。
詳細は改めて紹介させていただきますので、どうぞお役立てください。


2013.03.09 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.45

美術館で毎月発行している小さな情報誌
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芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.45」


子どもは絵を描くことが好きです。
まだ言葉を話せない時期から、クレヨンなどを手にすると、
あたりかまわず盛んに何かを描きはじめます。

たいていの家庭ではある時期からお絵描きの道具を与えなくなってしまいます。
子どもの興味が、ほかのこと(玩具であることが多いわけですが)に移るからです。

私の場合、両親が共働きだったので、
子どものころから紙と色鉛筆やクレヨンなどを与えられ、それで一人で遊んでいました。
小学生のころは字を書く時間よりもずっと長く絵を描いていたように思います。
絵といっても漫画のようなものです。

もし、あのまま絵を描きつづけていたら……と想像することがあります。
もちろん絵描きにはなれなかったでしょうけれど、いい趣味を持つことにはなっていたでしょう。

それはともかく、絵を描くという行為は人間の本能なのではないでしょうか。
人類最古の洞窟壁画は
32000
年前(旧石器時代)のものといわれています(フランス南部ショーヴェ洞窟)。
まだ人類が言語を持っていなかったころに、悪戯書きではなく、
芸術作品といってもいい絵が描かれていたのです。
そして、そんなころから私たち人類は連綿と絵を描きつづけてきているわけです。

絵を描くことが本能であるのと同時に、絵を観ることも本能なのかもしれません。
なぜなら、観る人がいるからこそ絵は描かれつづけてきたのですから。

私たちは誰もがみんな、悪戯書きだったにしろ何にしろ、絵を描きました。
けれども、成長という時間の流れがその本能を忘れさせてしまいます。

ふだんはまったく気にかけることなどない「絵」を、たまたま何かのきっかけで観たとき、
その本能が、あるいは本能の記憶がよみがえることがあります。
うまく本能をよみがえらせることができた人は、
おそらくそれまでよりも何倍も豊かな人生を歩むことができるでしょう。

石神の丘美術館が少しはそのお役に立てるかもしれません。


2013.02.06 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.44

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.44」


昨年の〈イシビ〉10月号に、『クラシック音楽 はじめの一歩』と題した
講演について紹介したところ、思いがけず、たくさんの方にお集まりいただきました。
遅ればせながら、お礼を申し上げます。
クラシック音楽に興味を持つ方が多いことを改めて認識したしだいです。

私は音楽の専門教育を受けたことはなく、単なる音楽好きのひとりにすぎません。
ですから、クラシック音楽を歴史的あるいは体系的にきちんと聴くということもしてきませんでした。
そのため、私が聴いている(あるいは、聴いてきた)クラシック音楽はとても偏っています。

なにしろ、クラシック音楽は
300
年間以上の歴史があり、どの時代にも聴くべき作品があります。
また、地域もヨーロッパ全土に及びます。
日本ではドイツ音楽がよく聴かれていますが、
フランス、イタリアはもちろん、ポーランドなどの東欧諸国、
スウェーデンなどの北欧諸国、そして旧ソ連も含むロシアにも聴くべき作品があります。
それぞれの音楽にもお国柄(民族性)があり、いったんのめりこんだら底無し沼のようなものです。

そんな中で私が特に好きなのは、イギリスの近現代音楽です。
イギリスはヨーロッパ大陸から離れた島国なので、
ドイツ中心だったヨーロッパ大陸の音楽の流れとは違った発展をしてきました。
難解な現代音楽はイギリス音楽にはあまりありません。

日本人の耳に馴染みやすい旋律を持っているのもイギリス音楽の特徴です。
これにはちゃんとした理由があります。
明治時代に西洋音楽を導入する際、日本の音楽の旋律がイギリス音楽と似ていることに注目し、
イギリス音楽を積極的に導入したのです。
たとえば、私たちが日本の唱歌として親しんでいる「埴生の宿」、「蛍の光」、「仰げば尊し」、
「大きな栗の木の下で」はイギリスの音楽です。

これほど日本に近い存在のイギリス音楽ですが、
イギリスのクラシック音楽はあまり聴かれていません。
『惑星』だけで知られているホルストは別格として、ブリテン、エルガー、
ヴォーン・ウィリアムズ、ブリッジ、ウォルトン、グレインジャー、アーノルド、ディーリアスなど、
もっと聴かれてもいい作曲家がたくさんいるのに残念です。


2013.01.16 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.43

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.43」


昨年2月に文化庁長官官房政策課が発表した『文化芸術関連データ集』によると、
日本人が「物の豊かさ」よりも「心の豊かさ」を指向するようになったのは昭和53年あたりからです。
高度成長期が一段落し、生活を見直した時期にあたるでしょう。
がむしゃらに働き通して、さていったい何が残っただろうか、
あるいは何を得ただろうかという疑問と反省が、心の豊かさを求めることにつながっていきました。

この傾向は年を経るごとにますます強まってきていて、
日常生活の中で優れた文化芸術を鑑賞したり、自ら文化活動を行なったりすることを
「非常に大切」、「ある程度大切」と考えている人は約9割にもなるそうです。
しかし、1年間に1度でも美術館や博物館に足を運んだ人は4割でした。
身近なところに文化施設がないという切実な事情もあるようです。

心の予算を求める声に政府はどのように応えているでしょうか。
各国の文化予算を比較したデータがあります。
国家予算に占める文化予算の割合が断トツに多いのはフランスで0.86パーセント(4817億円)
次いで韓国の0.79パーセント、中国とドイツがおよそ0.4パーセント、イギリスが0.23パーセント。
日本は0.12パーセント(1018億円)ですから、先進国の中ではとても低いレベルです。
昭和50年代半ばの2倍以上に増えているとはいえ、
心の豊かさを求める国民の声に対して十分に応えているとはいえません。
ちなみに、アメリカの文化予算は日本よりも少ないのですが、
民間企業から数10兆円規模の寄付が文化施設を支えているので、
文化大国のフランスでさえ足元にも及びません。

さて、石神の丘美術館は岩手町のみなさんの身近な文化施設として愛され、
昨年7月には20万人目の来館者をお迎えすることができました。
年間平均2万人の方にお越しいただいたことになります。

今年は開館20周年の記念年です。
気持ちも新たに、心の豊かさを求めるみなさんの声にお応えしていきたいと思っています。

本年もどうぞよろしくお願いします。


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