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2013.03.09 Saturday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.45

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

なお、過去のエッセイをご覧になりたい場合は、
「美術館通信」コーナーよりpdf形式でご覧ください。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.45」


子どもは絵を描くことが好きです。
まだ言葉を話せない時期から、クレヨンなどを手にすると、
あたりかまわず盛んに何かを描きはじめます。

たいていの家庭ではある時期からお絵描きの道具を与えなくなってしまいます。
子どもの興味が、ほかのこと(玩具であることが多いわけですが)に移るからです。

私の場合、両親が共働きだったので、
子どものころから紙と色鉛筆やクレヨンなどを与えられ、それで一人で遊んでいました。
小学生のころは字を書く時間よりもずっと長く絵を描いていたように思います。
絵といっても漫画のようなものです。

もし、あのまま絵を描きつづけていたら……と想像することがあります。
もちろん絵描きにはなれなかったでしょうけれど、いい趣味を持つことにはなっていたでしょう。

それはともかく、絵を描くという行為は人間の本能なのではないでしょうか。
人類最古の洞窟壁画は
32000
年前(旧石器時代)のものといわれています(フランス南部ショーヴェ洞窟)。
まだ人類が言語を持っていなかったころに、悪戯書きではなく、
芸術作品といってもいい絵が描かれていたのです。
そして、そんなころから私たち人類は連綿と絵を描きつづけてきているわけです。

絵を描くことが本能であるのと同時に、絵を観ることも本能なのかもしれません。
なぜなら、観る人がいるからこそ絵は描かれつづけてきたのですから。

私たちは誰もがみんな、悪戯書きだったにしろ何にしろ、絵を描きました。
けれども、成長という時間の流れがその本能を忘れさせてしまいます。

ふだんはまったく気にかけることなどない「絵」を、たまたま何かのきっかけで観たとき、
その本能が、あるいは本能の記憶がよみがえることがあります。
うまく本能をよみがえらせることができた人は、
おそらくそれまでよりも何倍も豊かな人生を歩むことができるでしょう。

石神の丘美術館が少しはそのお役に立てるかもしれません。


2013.02.06 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.44

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

なお、過去のエッセイをご覧になりたい場合は、
「美術館通信」コーナーよりpdf形式でご覧ください。


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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.44」


昨年の〈イシビ〉10月号に、『クラシック音楽 はじめの一歩』と題した
講演について紹介したところ、思いがけず、たくさんの方にお集まりいただきました。
遅ればせながら、お礼を申し上げます。
クラシック音楽に興味を持つ方が多いことを改めて認識したしだいです。

私は音楽の専門教育を受けたことはなく、単なる音楽好きのひとりにすぎません。
ですから、クラシック音楽を歴史的あるいは体系的にきちんと聴くということもしてきませんでした。
そのため、私が聴いている(あるいは、聴いてきた)クラシック音楽はとても偏っています。

なにしろ、クラシック音楽は
300
年間以上の歴史があり、どの時代にも聴くべき作品があります。
また、地域もヨーロッパ全土に及びます。
日本ではドイツ音楽がよく聴かれていますが、
フランス、イタリアはもちろん、ポーランドなどの東欧諸国、
スウェーデンなどの北欧諸国、そして旧ソ連も含むロシアにも聴くべき作品があります。
それぞれの音楽にもお国柄(民族性)があり、いったんのめりこんだら底無し沼のようなものです。

そんな中で私が特に好きなのは、イギリスの近現代音楽です。
イギリスはヨーロッパ大陸から離れた島国なので、
ドイツ中心だったヨーロッパ大陸の音楽の流れとは違った発展をしてきました。
難解な現代音楽はイギリス音楽にはあまりありません。

日本人の耳に馴染みやすい旋律を持っているのもイギリス音楽の特徴です。
これにはちゃんとした理由があります。
明治時代に西洋音楽を導入する際、日本の音楽の旋律がイギリス音楽と似ていることに注目し、
イギリス音楽を積極的に導入したのです。
たとえば、私たちが日本の唱歌として親しんでいる「埴生の宿」、「蛍の光」、「仰げば尊し」、
「大きな栗の木の下で」はイギリスの音楽です。

これほど日本に近い存在のイギリス音楽ですが、
イギリスのクラシック音楽はあまり聴かれていません。
『惑星』だけで知られているホルストは別格として、ブリテン、エルガー、
ヴォーン・ウィリアムズ、ブリッジ、ウォルトン、グレインジャー、アーノルド、ディーリアスなど、
もっと聴かれてもいい作曲家がたくさんいるのに残念です。


2013.01.16 Wednesday

芸術監督のショートエッセイ 石神の丘から vol.43

美術館で毎月発行している小さな情報誌
「石神の丘美術館通信ishibi《いしび》」にて連載中の、
芸術監督・斎藤純のショートエッセイをご紹介します。

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石神の丘美術館芸術監督・斎藤純のショートエッセイ
「石神の丘から vol.43」


昨年2月に文化庁長官官房政策課が発表した『文化芸術関連データ集』によると、
日本人が「物の豊かさ」よりも「心の豊かさ」を指向するようになったのは昭和53年あたりからです。
高度成長期が一段落し、生活を見直した時期にあたるでしょう。
がむしゃらに働き通して、さていったい何が残っただろうか、
あるいは何を得ただろうかという疑問と反省が、心の豊かさを求めることにつながっていきました。

この傾向は年を経るごとにますます強まってきていて、
日常生活の中で優れた文化芸術を鑑賞したり、自ら文化活動を行なったりすることを
「非常に大切」、「ある程度大切」と考えている人は約9割にもなるそうです。
しかし、1年間に1度でも美術館や博物館に足を運んだ人は4割でした。
身近なところに文化施設がないという切実な事情もあるようです。

心の予算を求める声に政府はどのように応えているでしょうか。
各国の文化予算を比較したデータがあります。
国家予算に占める文化予算の割合が断トツに多いのはフランスで0.86パーセント(4817億円)
次いで韓国の0.79パーセント、中国とドイツがおよそ0.4パーセント、イギリスが0.23パーセント。
日本は0.12パーセント(1018億円)ですから、先進国の中ではとても低いレベルです。
昭和50年代半ばの2倍以上に増えているとはいえ、
心の豊かさを求める国民の声に対して十分に応えているとはいえません。
ちなみに、アメリカの文化予算は日本よりも少ないのですが、
民間企業から数10兆円規模の寄付が文化施設を支えているので、
文化大国のフランスでさえ足元にも及びません。

さて、石神の丘美術館は岩手町のみなさんの身近な文化施設として愛され、
昨年7月には20万人目の来館者をお迎えすることができました。
年間平均2万人の方にお越しいただいたことになります。

今年は開館20周年の記念年です。
気持ちも新たに、心の豊かさを求めるみなさんの声にお応えしていきたいと思っています。

本年もどうぞよろしくお願いします。


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